『真田丸』第42回―織田有楽斎がいい! | 歴史愛~歴史を学び、実生活を豊かにする~

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「温故知新」とは言いますが、世の中を見渡すと表面的な教訓ばかりでイマイチ実生活に活かすことのできない解説ばかりです。歴史的な出来事を、具体的な行動に置き換えて実生活をより豊かにし、願望を実現する手助けになるように翻訳していきます。


※この記事は、平成29年5月4日に書かれたものです。

皆さんこんばんは。
今回は平成28年の大人気大河ドラマ『真田丸(さなだまる)』の第42回「味方」についての感想。
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。

あらすじは、
大坂(おおさか)城に入城し、茶々(ちゃちゃ)〔淀殿(よどどの)〕(竹内結子)や豊臣秀頼(中川大志)と再会し、秀頼から総大将(そうだいしょう)になるように頼まれた真田幸村(堺雅人)ですが、それに後藤又兵衛(哀川翔)が反発。結局10万人の牢人(ろうにん)衆を2万ずつに分け、幸村、又兵衛、毛利勝永(岡本健一)、長宗我部盛親(阿南健治)、明石全登(小林顕作)の5人で指揮を執ることになる。一方徳川(とくがわ)家では家康(内野聖陽)、秀忠(星野源)らが次々と大坂城へと出発し…
という感じです。




今回も文句はあまりない感じで逆に申し訳ないのですが、織田有楽斎(井上順)の怪しさは最高でしたね 笑

そもそも織田有楽斎とはどういう人物かというと、織田信長の弟(信長は12人兄弟で、有楽斎は下から二番目)で諱(いみな)〔忌み名、実名(じつみょう)〕は長益、単に「有楽」とも呼ばれる。1582年には信長嫡男(ちゃくなん)織田信忠の旗下で甲州征伐(こうしゅう・せいばつ)に参加。本能寺(ほんのうじ)の変後は信長次男信雄に仕え、1584年の小牧・長久手(こまき・ながくて)の戦いでは徳川家康と協力して羽柴秀吉に対抗。信雄改易(かいえき)後の1590年にやっと秀吉に仕えたということで、生粋の豊臣(とよとみ)家臣ではないわけですね。


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それどころか、秀吉の主筋(しゅうすじ)に当たる織田(おだ)家の人間なので戦国(せんごく)時代の下剋上(げこくじょう)さながら主従が逆転した関係なわけです。もしかしたら豊臣家への恨みもあったのかもしれません。

さらに1600年の関ヶ原(せきがはら)の戦いには実は東軍(とうぐん)として本戦に参加しており(このことからも、関ヶ原の戦いが単純な「豊臣vs徳川」の戦いではなかったことがわかりそうなものですが、テーマがずれるので別のときに…)、徳川家康との仲も良好だったようですね(実は大野治長〔修理〕(今井朋彦)も関ヶ原には東軍として参戦している)。


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という訳で、有楽にとっては茶々は姪であり秀頼はその子どもであるから親戚なのですが、豊臣秀吉その人に忠誠心があったのかというと微妙な立ち位置の人物だったわけですね。

才覚を発揮する前にあれよあれよと世の中が変わり、取り残されてしまったという感じです。

世渡りはうまかったようで、結局大坂の陣後も生き残り徳川家に仕えるわけですが。

そんな有楽斎の怪しい腹芸がうまく描かれていてよかったと思います。

そして、堀田作兵衛(藤本隆宏)が真田信之(大泉洋)の元を離れるときの演出も切なくてよかったです。

ということで、今回は珍しくポジティブな感想だったので面白くなかったかもしれませんが、最終回まで頑張ります 笑


今回登場した人物のフルネーム(今回は多いですね)
・羽柴 右大臣〔通称は藤吉郎〕 豊臣 朝臣 秀頼
はしば うだいじん〔通称はとうきちろう〕 とよとみ の あそん ひでより
※文献上、秀頼が「羽柴」を名乗った例はありませんが、血統上名字は「羽柴」となります。
・真田 左衛門佐〔通称は源次郎〕 滋野〔源〕 朝臣 幸村〔信繁〕
さなだ さえもんのすけ〔通称はげんじろう〕 しげの〔みなもと〕 の あそん ゆきむら〔のぶしげ〕
・後藤 隠岐守〔通称は又兵衛〕 藤原 朝臣 基次
ごとう おきのかみ〔通称はまたべえ〕 ふじわら の あそん もとつぐ
・毛利〔森〕 豊前守〔通称不明〕 (氏不明) 朝臣 勝永〔吉政〕
もうり〔もり〕 ぶぜんのかみ〔通称不明〕 (氏不明) あそん かつなが〔よしまさ〕
・長宗我部 土佐守〔通称は右衛門太郎〕 秦 朝臣 盛親
ちょうそかべ とさのかみ〔通称はうえもんたろう〕 はた の あそん もりちか
・明石 左近将監〔通称は掃部助?〕 源 朝臣 全登
あかし さこんのしょうげん〔通称はかもんのすけ?〕 みなもと の あそん てるずみ?〔ぜんと?〕
・徳川 内大臣〔通称は次郎三郎〕 源 朝臣 家康
とくがわ ないだいじん〔通称はじろうさぶろう〕 みなもと の あそん いえやす
・徳川 権大納言〔通称不明、官職は他多数〕 源 朝臣 秀忠
とくがわ ごんのだいなごん〔通称不明、官職は他多数〕 みなもと の あそん ひでただ
・織田 侍従〔通称は源五郎〕 平〔藤原、忌部〕 朝臣 長益〔入道有楽斎如庵〕
おだ じじゅう〔通称はげんごろう〕 たいら〔ふじわら、いんべ〕 の あそん ながます〔入道うらくさいじょあん〕
・織田 右大臣〔通称は三郎〕 平〔藤原、忌部〕 朝臣 信長
おだ うだいじん〔通称はさぶろう〕 たいら〔ふじわら、いんべ〕 の あそん のぶなが
・織田 左近衛中将〔通称は勘九郎〕 平〔藤原、忌部〕 朝臣 信忠
おだ さこんえのちゅうじょう〔通称はかんくろう〕 たいら〔ふじわら、いんべ〕 の あそん のぶただ
・織田〔北畠〕 内大臣〔通称は三介〕 平〔藤原、忌部、源〕 朝臣 信雄
おだ〔きたばたけ〕 ないだいじん〔通称はさんすけ〕 たいら〔ふじわら、いんべ、みなもと〕 の あそん のぶかつ
・羽柴 太政大臣〔通称は藤吉郎〕 豊臣 朝臣 秀吉
はしば だじょうだいじん〔通称はとうきちろう〕 とよとみ の あそん ひでよし
・大野 修理大夫〔通称不明〕 (氏不明) 朝臣? 治長
おおの しゅりのだいぶ〔通称不明〕 (氏不明) あそん? はるなが
・堀田 作兵衛 (氏不明) 興重
ほった さくべえ (氏不明) おきしげ
・真田 伊豆守〔通称は源三郎〕 滋野〔源〕 朝臣 信之
さなだ いずのかみ〔通称はげんざぶろう〕 しげの〔みなもと〕 の あそん のぶゆき

参考
渡る世間は愚痴ばかり
☆お気楽♪電影生活☆
雑記帳

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