硝子のジョニー 野獣のように見えて | シネマ、ジャズ、時々お仕事

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日々の生活のメモランダムです。

1962年 日活 監督 蔵原惟繕 脚本 山田信夫
(あらすじ:ネタバレあります)
稚内の貧しい漁村の、少し頭の足りない娘・みふね(芦川いづみ)は、口減らしに秋本(アイ・ジョージ)に売られるが、隙を見て脱走。乗り込んだ列車に居合わせたジョー(宍戸錠)に救われ、そのまま彼と行動を共にするようになる。宍戸は由美(南田洋子)の店の板前だったが、競輪選手・宏(平田大三郎)に惚れ込み、予想屋をしながら彼の個人コーチを務めていた。競輪場で芦川を発見したアイは、しつこく彼女に付きまとい始める。一方、平田は仲間から新しい自転車を5万円で譲り受ける話を宍戸に持ちかけ、宍戸は迷った末、芦川を待合の女将(武智豊子=後に武知杜代子)に3万円で売り飛ばし、南田には芦川を身請けすると嘘を言って金を借り、平田に手渡す。しかし、宍戸の目を盗んで平田は女(松本典子=80年代アイドルとは同名異人)と失踪し、宍戸は南田らに合わせる顔がなく、海峡を越えて青森で板前として働き始める。よるべを失った芦川はアイに連れ戻されそうになるが、アイが以前売り飛ばした後に死んだ女の兄に襲撃され、重傷を負うと、彼の病室に付き添うようになる。病室でアイは、自分が元歌手であり、恋人・小春(桂木洋子)に逃げられた過去を話す。アイは前非を悔い、出所したら芦川と一緒になると告げる。しかし、出頭直前、桂木の消息を耳にしたアイは病室から失踪。小樽で流しとして働きながら桂木を探す。その頃、宍戸の前に松本に逃げられた平田が突然現れ、土下座して詫びる。一方、偶然再会した桂木はアイに姿を消した理由を尋ねられ、「貴方の一途な想いが怖かった」と意外なことを口にする。芦川は線路伝いに稚内へ戻る途中、栄養失調で倒れ、警察の手で稚内に送還されるが、母親たちは既に失踪した後だった。彼女は静かにオホーツクの荒波の中へ姿を消していった。直後、虫の知らせかアイと宍戸が稚内にやってきたが、最早、彼女の姿はどこにも見えない。男たちは、海岸にへたり込み、海砂に塗れるのだった。
(感想)
海辺の貧村に乗り付けた人買いが、少し頭の足りない娘をトラックの荷台に押し込むファースト・シーン、その娘を失くした喪失感を男が海岸で砂に塗れて表現するラスト・シーンは、いずれもフェリーニの「道」の強い影響…というよりも、ほぼモロ・パクリですね(藁)。中間のエピソードも、展開は「道」とは全く異なりながらも、出会う人全てに無償の愛を振りまかずにはおかないジェルソミーナのキャラをうまく芦川いづみ演じるみふねに置き換えていると思います。洋物映画の換骨奪胎物としては上出来の脚本ではないですか。ただ、この映画、歌謡映画として作られているのでやむを得なかったとは思いますが、途中でアイ・ジョージ演じる人買い・秋本のキャラについて悪人→善人という唐突な性格変更を行っており、しかも彼と桂木洋子のラヴ・ロマンスというなくもがなのエピソードを挿入しています。このお陰で尺(107分)が無用に長くなってしまいましたし、ラスト・シーンには二人のザンパノ(アンソニー・クイン)が、共に虫の知らせで同時に稚内に現れる(藁)という、不自然な展開になってしまったのが惜しまれます。普通、歌謡映画のゲスト・スターは、ヒーローの弟分辺りの善玉に設定するのですが、この映画では珍しく悪玉の人買い役で、アイ・ジョージのキャラと合っていましたし、台詞も少なくて済むのでよいアイディアだと思って見ていたのですが、やはりアイの所属事務所から脚本にクレームが付いたのでしょう(ハハハ)。
もっとも、そんな脚本の不備を忘れさせるほど、この映画の芦川いづみは素晴らしいです。少し頭が足りない無垢の少女という役柄を自然に演じるのは難しくて、本家のジュリエッタ・マシーナですら、シーンによってはあざとさを感じさせたものですが、芦川いづみの演技にはどこにもわざとらしさが感じられないんです。当時の日活女優陣は、お嬢様役として浅丘ルリ子、笹森礼子、ヴァンプ役として白木マリ(後に万理)、中原早苗ときれいな役割分担が出来ていましたが、そのどちらにもこの役は到底こなせないのでは。正に彼女しかできなかった配役だと思います。3年後の「結婚相談」とは違う意味で、このみふね役も大変な汚れ役(実際、出て来るシーンの大半は泥まみれですが)で、清純派トップ・スターだった彼女が演じるのには大変な覚悟が要ったかと思いますが、正に見事な演技でキャスティングに応えていると思います(ちなみに本作のプロデューサーは水の江滝子さんです)。後に彼女が、無名の年下男優(藤竜也のことです、為念)との結婚・引退を発表したとき、関係者から無数の、惜しむというよりは藤竜也へのブーイングに近い非難が発せられたというのもむべなるかな。
蔵原監督は、きれいな絵作りでは定評のある人ですが、この映画でも海岸シーンなんかは邦画らしからぬ雰囲気の美しい画面を作っています。日本人離れしたアイ・ジョージと宍戸錠もこの映画の雰囲気によくマッチしていますね。その意味では、南田洋子演じる下世話な小料理屋の女将は、浮世離れした感覚を現実に引き戻す触媒の役割を果たしていると言えるかも知れません。あっ、これは褒め言葉ですよ~(藁)。
いずれにせよ、芦川いづみの幅広い演技力を堪能できる一作として、これは長く記憶されるべき名作だと思います。でも封切当時は、どうせ歌謡映画とかいうレッテルを貼られて、評論家からは黙殺されたんでしょうね。