スパイ | シネマ、ジャズ、時々お仕事

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1965年 大映 監督 山本薩夫 脚本 舟橋和郎
(あらすじ:ネタバレ)
密入国した韓国人学生・李起春(山本學)が長崎大村の出入国管理事務所から失踪した。中央新聞社会部記者・須川(田宮二郎)はそのベタ記事に興味を持ち現地へ。山本學が失踪直線に面会した警視庁の鵜崎警部は実在しないことがわかり、田宮は国際的なスパイ組織の活動を疑う。その頃、山本學はアメリカ2世・ピーター(高橋昌也)の指揮する組織に拉致され、スパイ戦士・井村(中谷一郎)の拷問を受けていた。田宮は偶然、知り合ったホステス・則子(小川真由美)と逢瀬を重ねるうち、幼馴染の中谷と久々の再会をする。小川は中谷の子を妊娠していた。中谷は田宮に情報取引を持ちかけ、田宮は不審を抱く。中谷は山本學の洗脳に成功、北鮮籍の焼肉店主・金(東野英治郎)の伝手で北鮮へ工作員として送り込む算段だ。しかし、山本學は東野に事態をカミングアウト。東野の指示で大阪の朝鮮居留民施設に向かう寸前、中谷は山本學を拉致し、替え玉を大阪へ送る。しかしその場を定時制高校生(山本圭)に目撃される。田宮はカメラマン(福田豊土)の協力で中谷の写真撮影に成功し、面通しで鵜崎警部が中谷の変装であったことを知る。その頃、日本海に北鮮スパイと見られる死体が漂着。顔は整形手術で変えられていたが、指紋照合の結果、山本學であることが判明。事態を察した田宮は東野と協力して、北鮮向け帰還船に乗船寸前の替え玉を抑えるが、その男は護送中に飛び降り自殺する。小川を使って田宮をおびき出した中谷は、田宮を消そうとするが、誤って小川を射殺。中谷も窓から飛び降りる。関係者は全て死亡し、国際スパイ網解明の手がかりは全て失われてしまった。だが、田宮は今後もスパイ組織の解明をあきらめないと誓う。
(感想)
ネット上で検索すると、「田宮二郎が北朝鮮スパイと対決!」なんて書いてある紹介記事がありましたが、それは現在の時点での思い込み。今井正と並ぶ左派映画監督の代名詞・山本薩夫監督が、未だ東風が西風を圧倒し、国民の反米親ソ意識が根強く存在した60年代半ばの時点で製作した映画という事実を忘れてはなりません(ハハハ)。そんな映画になるわけないじゃないすか。実際には、この映画は、北朝鮮に工作員を送ろうと暗躍するアメリカ系諜報機関の活動(それを暗に日本・韓国両政府が支援)に対して、善意の第三者である田宮二郎と、無辜の北鮮居留民である東野英治郎が協力して、対北鮮スパイ工作を未然に抑止するという、現在の時点でははなはだ理解しがたいストーリーになっていますから、注意が必要です(藁)。
まぁ、スパイは言わば国家が存立するための必要悪なので、北鮮側から見れば西側の諜報活動がこういう風に映るのも当然でしょうが、その当時としても、わざわざアメリカの諜報機関が危険を冒して工作員を送り込み、直接、情報を取らなければならないほど、北朝鮮って重要な国でしたかねぇ。そんなことしなくても、北京やモスクワ経由でいくらでも情報が取れるし、北の高官は簡単に金で転びそうだし、日本を根城にした国際スパイ活動へのニーズは北や旧ソ連の方がずっと強かったんではないですかね。まぁ、この映画、それら全てを知った上での確信的な反米プロバガンダと考えた方がすっきりとします。東野英治郎が口にする「我々居留民団は単なる互助組織で、政治活動とは無関係」という唐突な台詞やら、北朝鮮への帰還運動に対する超好意的な見方(当時、小坊だった私ですら、北への帰国が何を意味するか知っていたくらいなのに)やら、明らかに(かなり一方的な)政治的メッセージを色濃く含んだ映画であることは明らかです。
そうしたプロバガンダ臭を少しでも消そうとしたのか、田宮二郎、小川真由美、中谷一郎の愛憎関係をストーリーに絡めていますが、はっきり言ってこれは失敗。田宮と中谷を小学校時代の幼馴染にしたり(しかし、中谷の軍歴は封切時点と時間的整合が合わないような気がしますが)、いきなり中谷が田宮に情報取引を持ちかけ、自分がスパイであることを暗示したり、という展開上のギミックが、結局、中谷のお馬鹿ぶりを強調する方向にしか効いていないことが致命的ですねぇ。小川真由美の情熱的な演技も空回り気味です。
結局、あまりに政治的な意図で撮られた映画は、いくらムーディーなトッピングを振りかけても、エンターテインメントとしての切れ味は良くならない、という当たり前の事実の典型のような映画です。ただ、こうした映画が、親韓派の自民党政治家と近かった(この映画でも岸信介を暗揄するような大物政治家として三島雅夫が出てきます)永田雅一オーナーの大映で撮られたことは興味深いですね。
2世のスパイ組織リーダー役・高橋昌也は、後の彼を知る我々にとっては抱腹絶倒ものの怪演。兄・學の拉致をたまたま目撃する高校生・圭という配役は、彼らの伯父の山本薩夫監督ならではです。ここでの山本圭、例によってやる気があるのかないのかわからない無機的な台詞回しで笑わせてくれますが、この時代の、いわゆるノンポリ大学生って、確かにこんなしゃべり方していましたねぇ。言葉の端々に難解な外来語を挟みつつ(藁)。
書き落としましたが、この映画でも長身痩躯、でかい態度と上から目線の田宮二郎節は全開ですよ~。もっとも、彼の捜査は完全に新聞記者の域を越え、ほとんど警視庁外事課刑事なみですが(そもそも、警官でもない彼がなぜ山本學の指紋写真なんか持っていたんでしょうか)。彼のファンの方ならやはり見逃せない一作です。