こないだ、家庭裁判所に行ってきました。パー
私の、最初の結婚当時から現在に至るまでの戸籍謄本を持って。


引っ越すたびに本籍を変えてきたおバカな私は、いったいいくつの役所を回った事か?ガーン

私のようなケースは稀で、裁判所の受付の人たちも2~3人集まってあ~でもない、こ~でもないって申立人の私の前で色々議論してたな~。
お疲れ様でした!本
その前に区役所でも相談にのってもらって、やっぱり窓口の人と、奥から出てきた人数人で議論してくれたっけ?
お役所の方々、私のためにありがとうございました。合格

結局、私は最初の離婚時、元旦那の名字(仮:山本)を子供たちと一緒に引き続き使う事を選択して、その後再婚。
私だけドイツ人の旦那の名字(仮:クルム公子)になり、日本人の子供たちは前の戸籍のまま「山本花子」「山本一郎」と妙な感じになってしまった。
だって、一緒の戸籍に入ると絶対にコテコテの日本人の子供達も「クルム」という外国の名字になっちゃうし、養子縁組もしなかったから。


そこで済めばよかったけど、さらに妊娠。しょぼん
可愛い可愛い次男(仮:二郎くん)が産まれ、BABYもちろん彼は「クルム二郎」になりました。
そして、晴れて5年後に離婚叫び


もう結婚に懲り懲りの私は、初心に戻り(?)産まれた時の氏(両親の名字仮:田中)に戻るために、今回こんな大変な手続きをしてるのであります。
今更、最初の離婚相手の名字を名乗るのも嫌だし…。
長男・長女に関しては、私が晴れて裁判所の許可が下りて「田中」に戻れたら、親の籍に入籍と言う事で、二人とも「山本」→「田中」に変えられるけど、次男の二郎くんは、あのドイツ人元旦那が絶対に「クルム」を名乗らせろ!と言って聞かないので、「クルム」→「クルム」への氏の変更を申し立てしました。
わけが分からん!パンチ!


どうやら、私が「田中」になると、同じ戸籍の二郎くんも一緒にくっついてくるので、そのような手続きになるらしいけど。汗

それは、散々議論の末裁判所の受付の人が「こうしなさい」と言ってくれたので、「あ~。そういうものか。」と納得したけど、昨日裁判所の書記官という人から電話が…。ドクロ


あれだけ、受付の人が時間を割いて説明してくれた事を、私がまたその書記官に一から説明する羽目に・・・。
お役所は横のつながりがないって、改めて感じました。パンチ!


二週間後に呼び出しがあり、そこで更に裁判官に陳情を申し立てするため説明しないといけないらしい。
しかも、二郎くんも連れて来い、と。

こんな事なら、最初の離婚のとき、さっさと旧姓に戻しておけばよかった・・・。ダウン


と、余談になってしまいましたがもし私と同じような事で悩んでる人も昨今多い事だから、そんな人達には私はかなりアドバイスできると思います~。チョキ


弁護士の無料相談や、司法所ににも何度もメールで問い合わせたけど、結局は自分の足を使って、役所や裁判所に出向いて情報を収集するのが一番!
弁護士・司法書士は「稀なケースでなんともお答えできない。もう少し調べるなら、相談料がかかります。」だって。むかっあせる


申立書も自分で全然書けるけど、それを弁護士等に頼むと5万円以上!

国際結婚・国際離婚が多いこの世の中。
どうか日本女性、底力をだして一緒にHappyになりましょう~!日本


私の外人さんのお友達作りの第一号を前回お話しましたが、その前後にももちろん私のOutlookを通り過ぎただけの男たちも、もちろん何人もいました。ビックリマーク
そこまで話してるとキリがないので、実際に「お友達」になった外人さんを紹介していきます。チョキ


Danny坊やと無事に決別して、Patricイギリスに逃げ込んだ私。
彼とは、新宿の某バーで知り合ったんだったけ?ビール


あの頃の私は幼い子供たちを元旦那に預けて、よくCocoと新宿に繰り出してたな~。ガーン
Patricと知り合ったきっかけは全く覚えてないけど、とにかくあのバーで知り合って、ベロベロに酔っ払ってその後ディスコのようなところに行ったんだっけ?
確か同じ日、cocoもオールトラリアだかイギリスだか忘れちゃったけど、他の外人さんにお持ち帰りされたんだよね?目
Patricとの思い出はあんまりないな~。
数ヶ月、一応デートのような事をして、一応つき合ってたけど何というか印象が薄い・・・。むっ
映画を見に行ったり、一緒にスーパーで買い物して料理を一緒にしたり、あ、あとcocoと銀座で飲んでたときにも突然呼びつけて一緒に飲んだよね。しょぼん


なかなか良い距離感でつき合ってたんだけど、ある日突然イギリスイギリスに帰っちゃったんだよね。
確か、空港からメールが来て、「イギリスに帰るね。良い時間をありがとう。」と、あっけないお別れメール。ダウン


Daniel君の時と違って、ちっともショックじゃなかったな~。Patricは好きだったけど、パッションがなかったし本当に良い時間を過ごさせてもらったしむしろ心の傷を治してくれて、感謝しかなかった。
その頃、既にドイツ人の元旦那とメール交換を始めてたし、あれはあれで程よい別れ方だった…。
ドイツ人の元旦那は、いっつもなが~いメールをくれてたし、電話やチャットも始めた頃だったから、両天秤出来ない私(?)にとってはちょうど良いタイミングだった。べーっだ!
それに、今だから言っちゃうけど、Patricはアレが小さかった……。あせる


ま、それはさておき、あれからしばらくは、「メル友恋人」と、実際に触れ合えるお友達との両天秤生活が始まりました。
のちのち、それが大問題になって、あの男(ドイツ人元旦那)のげきりんに触れるのですが・・・。むかっ叫び
自分だって私とインターネットで知り合ったくせに、私が他の男とネットで知り合った事がばれて大激怒!

さてさてPatricの次は誰だっけ?そうそうギリシャのMartin!ギリシャ国旗
…とはいっても、彼はアレが役に立たず、エッチはしなかったんだっけ?酔っ払った勢いで彼のアパートにお泊りしたけど、やった形跡がないし記憶もない。
と言う事は、次は誰だ?叫び
AmricanアメリカのJackかな?「おもちゃ」好きで、ドンキで買った妙なおもちゃで遊んだっけ?にひひ
でも、あの男はケチで、食事代もホテル代も割り勘・・・。パンチ!ダウン
そんなのが嫌でさっさと終わったな~。


こうして私の奈落への道はどんどん深くなっていくのでした・・・。ドクロ

次回は、ここまで落ちるか!の最低最悪BLACKアメリカアメリカンPaulについて話します~!


ラブラブmomoです。ご無沙汰しました(*^.^*)。

なんと、月日が経つのは早いもので、2ヵ月半ぶりの登場ですビックリマーク

この間、色々ありました。

ビッグニュースは何と言っても、離婚ドンッしました~チョキ。。。。。。。。。。。。。二度目です。


ドイツとの約5年半の結婚生活。地獄でしたダウン

二人の子連れ日本で離婚し、無謀にもGermanドイツと再婚。可愛い可愛いハーフの子を授かって赤ちゃん、今ではちび君も3歳半。

三人の子供を抱えて再離婚……叫び

なんとも無謀な私の人生。


再婚した時は本当にhappyだったんだけどな~。奴が本性を現したのは、同居後わずか1ヶ月くらいだったかな?ドクロ


Coco同様、この男にたどり着くまで、私も一体何人の外人さんと「おともだち」になったことやら?


振り返ってみると、やっぱり最初はDaniel坊やアメリカガーン

私はcocoと違って、イギリス限定ではなく、全世界の男を渡り歩いてますしょぼん


今日は、初心に戻って(?)、私の他国籍軍団制覇のきっかけとなったDaniel坊やの事から綴って行こうと思います。


いつか大好きな俳優Joshと会話が出来るようにと英語を勉強し始め、それには外国人のメル友を作るのが一番と聞き、早速メル友募集のサイトに登録しました。


かれこれ8年前に戻ります。Dannyはアメリカ海軍横須賀基地所属で、名前は忘れたけど有名な船(キティホークではなかった。)に乗ってる海兵さん。

メール交換もいつも船からでした。大分年下だったけど、まさに私好みの外見で、メール交換は楽しかったな~。

英語がまだまだ堪能ではない私は、一つのメールを完成させるのに何時間かかった事か…ショック!

小さな子供を抱えて、よくもあんなパワーがあったな…。


そんな楽しいメール交換を始めて何カ月か経った時、あの「イラク戦争」勃発叫び

そりゃあ、心配しましたわ。

それまでは、ただの海上パトロールの様な事をしてた彼等でしたが、戦争勃発で一気に戦闘モード。

メールもたまにしか来なっくなったけど、私はなんとか彼の精神的な支えになろうと、せっせとメールを書いてたなぁ。

そんなこんなで、更に数カ月が経ち、一度帰港する事になり、盛り上がったな~。忘れもしない7月の暑い日。

初めて会う日をお互いに心待ちにして、ものすごく盛り上がってたあの頃。まさかあんな結末になろうとは・・・。


池袋で感動の初対面を果たし、食事をしてからホテルへ直行。

英語を書くことは出来るようになったけど、まだまだ会話がほとんど出来ない私に対して、いや~な沈黙ムード・・・。

ま、エッチするのに英会話はいらないけど、私は待ち焦がれてたDannyと一緒にいるだけでHappyドキドキだった。

初デート終えて、翌日「楽しかったラブラブ」メールを書いたのですが、なかなか返信が来なくて物凄く不安だった。

でもきっと忙しいんだろうと思ってたある日、なんと「Disappointed」メールが…えっ

まさか、まさか・・・・?私のどこがいけなかったのか?

「君のせいじゃない。僕は一体君に何を期待してたのか分からないけど、僕たちの初デートはがっかりだった。」と…。


やる事だけやって、「がっかりだ」なんて、そりゃあ大ショック汗

ショックで体が硬直して、cocoにメールする手も震えてたっけ・・・。

優しいcocoはすぐにその日に会ってくれて傷心の私を励ましてくれたよね。ありがとう合格


Danny坊やとはそれっきりと、割り切れた頃、予想に反して何度か電話が来た・・・・・。

「会おう」と…。

そんな大馬鹿ヤローなのに、恋心がまだまだあった私は、ほいほいと呼ばれるがまま、ある時は六本木のホテル、ある時は横須賀にある彼のアパート、出向きましたよ。


でも、所詮は若いアメリカンネイビー。

私みたいなおばさんはただの遊びで、振り回されてるって気づいて(遅いっちゅーの!)、夜中の二時ごろ彼のアパートを飛び出しタクシーに飛び乗ったあせる


しかしなんと……叫び

今はほとんどのタクシーはクレジットカードOKですが、あの当時、しかも横須賀の田舎のタクシー。

Cashオンリーだと気付いたのは高速に乗ってから…。

あんな夜中だし、コンビニもあの当時は(今も?)夜中はお金を下ろせなくて、一気に血の気が引きました。

今更、Dannyのアパートへ戻る訳にも行かず、途方にくれながら、当時cocoと外人バーで出会ったイギリス人Patricイギリスに電話をかけてみました。

夜中にもかかわらず彼は電話を取ってくれて、「とにかく今からタクシーで行くから、お金を貸してくれ!」と懇願汗

結局その夜はPatricにお金を借りてそのままお泊りショック!

私は泣き腫らした目で、しかも尋常じゃないくらい無理なお願いをしたのに、何も深く聞かず泊めてくれた。

翌朝は、朝食を作ってくれて、代々木公園をお散歩。

優しい人だったな~。


さてさて、ここからが私の多国籍軍の始まりです。

次回は、Patricイギリスとの出会いと別れ、あと、あの頃いっぱいかかわった雑魚達について語ります~。



イギリスギリシャ国旗イタリアロシアアメリカフランスメキシコドイツ、等々…。そうそうあとBlackアメリカンPaulもいたな…アメリカ

やっちゃった相手もいれば、やらない相手も。あとメールだけで大ゲンカした相手もいるな。


では、次回に乞ご期待を!!得意げ