![Art Madams 女子美術大学同窓会愛知支部](https://stat.ameba.jp/user_images/20100805/09/joshibi-aichi/3d/0a/j/t02200165_0640048010676167146.jpg?caw=800)
閑静な住宅街にひときわ目立つ丹羽和子先生のアトリエにおじゃましました!
今もなお精力的に絵を描いていらっしゃいます。
アトリエはさんさんと光がそそぐ開放的な気持のよい空間。
ここで夏の1日、私たちは『至福の時』を過ごしました。
![Art Madams 女子美術大学同窓会愛知支部](https://stat.ameba.jp/user_images/20100805/09/joshibi-aichi/d7/4f/j/t02200165_0640048010676167150.jpg?caw=800)
戦争という避けることのできない歴史をも強くたくましく生き抜いた軌跡の中で
どんな時も『絵』がそこにあり、『描く』、ということが仕事へ。
名古屋大学・医学部病理細胞学教室で細密画を描いていたという丹羽先生。
人間の細胞の美しさに強烈な影響をお受けになったそうです。
戦争が始まり顕微鏡もとられ実際の死体を見ての描写・・
その時の原体験は丹羽先生の今日の絵にも反映されているようです。
![Art Madams 女子美術大学同窓会愛知支部](https://stat.ameba.jp/user_images/20100805/09/joshibi-aichi/d9/f4/j/t02200165_0640048010676167152.jpg?caw=800)
子供の頃は活発な少女だったそうです。
日々の中でちょっとした『美』を忘れず
その『おもしろさ』を日常で表現なさったというお母様の勧めで
女子美の洋画科へ。
寮を嫌い渋谷での下宿。
厳しい女学校から一転。
ホッとした、とおっしゃったのが印象的でした。
今もなおきれいにマニキュアを塗り、
朝は鏡を見てターバンやスカーフをつける・・・
一筆入れることによって変わる、絵と同じよ、とおっしゃる姿から、
さぞかし当時も颯爽と街を闊歩するMOGAだったのではと感じられました。
『死』と向き合わざるを得なかった多感な時期のすべてが
今に反映しており、それは『生』に対するあくなき追求であるような
気がいたしました。
赤い糸・・・あまりにも色々なものがつながって今に至っている。
繋がる、ご縁。
開口一番、そうおっしゃった丹羽先生。
そんな目に見えない引き合う力を絵に表現なさっているようにも感じました。
今日、こうして世代を超えてお会いできているのも
何か引き合うものがあってのこと。
人生の大先輩の言葉は重みがありますね。
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![Art Madams 女子美術大学同窓会愛知支部](https://stat.ameba.jp/user_images/20100805/09/joshibi-aichi/ae/07/j/t02200165_0800060010676167148.jpg?caw=800)
帰り際、握手をしていただきました。
それは、それは暖かく柔らかい手。
とてつもなく大きな優しさ、広さ、が伝わってきました。
元祖オトコマエで、すこぶるカッコイイ、まさに【女子美STYLE】。
素敵な大先輩のますますのご活躍がとっても楽しみです。
私たちもそんな先輩と同窓であることに誇りを持ち、がんばりたいものですね。
丹羽先生、素敵なお話、そして素敵なひとときを有難うございました!
2010年7月27日 丹羽和子先生のアトリエにて
女子美名古屋同窓会支部長川瀬、会計富澤、役員松本で訪問いたしました。
文責 松本筆