実は(と、ことわる必要は無いんですが)バロック音楽の雰囲気が結構好きでして。何とも直截な音楽と申しましょうか。
ちょいと前のTV朝日「題名のない音楽会」で、作曲家(今では指揮もよくなさるようで)の久石譲が西洋音楽史の変遷をたどって6人の作曲家をピックアップして紹介するてな企画がありましたですが、その中で現代に近づくにつれて微妙な人間の心理描写といったものが可能になっていったことに触れておりましたですね。
ワーグナーが「トリスタンとイゾルデ」で使った和音を例としていて、確かに人間の感情は非常に微妙なものであって、簡単に割り切れない不安定さというか、危うさというか、そうしたものをはらんでいるわけで、その辺りを描写できる、聴き手にそんな雰囲気を伝えるとなれば音楽の進化形と言えようなというわけですね。
ですが、翻ってバロック音楽といういささか古い時代の音楽にはもっと感情にストレートと言いますか、喜怒哀楽がはっきりと伝わってくるような。古楽が改めて脚光を浴び始めて以来、実にめりはりのあるダイナミクスにハッとさせられたりしましたけれど、それだけ表現の要素が少ない故かもしれませんですね。
それがいけないとか、だから古いとか言うのでなくして、バロックが直截といった由縁です。と、またいささか前置きが長いですが、このほどベルリン古楽アカデミーの演奏会を聴いてきて、そんなことを思ったものですから。
プログラムはヴェネツィアの作曲家を集めたもので、もちろんヴィヴァルディを中心にそしてテッサリーニとかカルダーラとか初耳ネームの作曲家による作品も配してありました。ひと頃バロック系演奏団体の来日公演は決まってヴィヴァルディ「四季」だったことに比べ、プログラムも多様化してますな。それだけ、聴く側の求めも変わってきたのでしょう。
だからこそしれませんが、これまたひと頃よく出回っていた「バロック名曲集」、そんなようなレコードとかCDとかのアルバムが新しく出たりしなくなっているような。確かにアルビノーニのアダージョ(実際にはアルビノーニ作でないことは有名ですが)やパッヘルベルのカノンとか、いささかの今さら感がありますものね。
ですが、そうした名曲集が少なくなって聴ける機会が少なくなりはしたものの、改めて聴いてみれば「やっぱりいい曲だよなあ」と思いましたのが、今回演奏されたアレッサンドロ・マルチェロのオーボエ協奏曲ニ短調でありました。
とはいえ、古楽復興以前はモダン楽器のオーボエを全面にフィーチャーしてたっぷりと歌いまくるふうであったようなとも思い出されるところですけれど、今回のようにバロック・オーボエで響き自体も鄙なところが曲の時代性とはぴたっと来る気がしたものでありますよ。
まさに「名曲」侮るなかれ!ではありますが、一方でヴィヴァルディの方はむしろ超有名作「四季」のせいで他のほとんどの曲は陰に置かれてしまいがち。確かにぼんやり聴いていると何を聴いても同じ曲に聞こえてしまうところがありまして、かく言う当人もまさにその一人であると、正直に(笑)。
それでも演奏会場に真剣に?耳をそばだてておりますと、「ヴィヴァルディ、やるじゃん」と思える曲とふいに出くわすことにもなるわけで。今回で言えばRV522、「調和の霊感」の第8番にあたる2つのヴァイオリンのための協奏曲とか。
そもそもヴェネツィアは深い陰影を湛えて何かありそうな雰囲気が映画の背景に使いたくなる町だと思いますが、その雰囲気を盛り上げたり、煽ったりするのにヴィヴァルディの曲は打ってつけでもあるなあと、そんなことを思いつつ楽しんだ演奏会でありました。