先に歌舞伎公演を見に行ったと書きましたときに、このところ和モノの芸能に興味が出てきてあれやこれやを見に行って…てなことに触れましたですが、このほどは「新派」の公演に出かけてきたのでありますよ。

 

「新派」と呼ばれる演劇は、今となってはその名から推測される「新しいもの」とはむしろ違って古風な印象とでもいいましょうか、そんな存在になっているような。あたかもパリにあるポンヌフが「新しい橋」との意でありながら、パリに現存する橋としては最古のものとなってしまっている…てなところかと。

 

元来「新派」は、歌舞伎を「旧派」と見立てることに対してのもの。そう考えれば確かに歌舞伎よりは新しいということになりますけれど、これまた先に文楽公演を国立劇場に見に行った際に立ち寄った伝統芸能情報館の展示で知ったところではありますが。

 

とまれ、その「新派」よりも新しい演劇スタイルは続々と登場しているでしょうから、むしろ懐旧の念で見るのが「新派」ということにもなろうかと思うところでして、公演の第一部「深川の鈴」というお話はまさにそんなふうな印象の人情話でありました。


古い映画を見るような感覚といったらいいでしょうか、それなりの味は確かにある。効果音として大正琴の音が流れたりするあたりも、芝居に合った風情ですなあ。

 

 

ですが、今回の公演のお目当ては休憩後の第二部に上演された「国定忠治」の方でして。ひと頃までであれば、それこそ子供でも知っている国定忠治のお話。


有名なだけに「赤城の山も今宵が限り…」といった台詞は知っているわけですが、そもなんだってそういう状況に国定忠治が置かれているのかは分からない…というより、これまでは気に留めたことさえなかったのですね。

 

それでも、和モノ芸能への興味から講談で番場の忠太郎の話を聞いたり、映画で丹下左膳を見たりしているうちに、それなりに知れわたっていた話には(今は忘れ去られる一方であるにせよ)それなりの見所、お楽しみがあるのだろうと考えたような次第なのでありますよ。

 

で、世にその名を知られた侠客の大親分国定忠治は子分たちともども追っ手を逃れて赤城山系の天神山に籠もったところが、いよいよそこへも八州廻りの使いの手が伸びる状況に。そんな折、忠治親分に面会と現われたのは旧知の目明し、せめて他でもない俺のお縄についてくれとやってきたわけです。

 

いきり立つ子分を宥めて、どうするどうするというときに、ここはひとつ山籠もりを捨てて、子分ともてんでんばらばらに山を降りる、つまりは忠治一家は解散するから、この場は一端見逃してやるてな話になってくる。そこで出てくるのが、例の名ゼリフなのですなあ。

 

しかしまあ相手はヤクザ者の親分で、かくも忠治に肩入れされた話がまかり通るのは何故?と思うところながら、昔の渡世人の一面として「弱気を助け、強きを挫く」という庶民受けする部分が強調されているからではなかろうかと。

 

その後に続く、赤城山で子分と別れ、ひとり旅する忠治がふいと出くわした農民父娘を二足の草鞋(つまり十手預りでヤクザ者)の親分の理不尽な所業から救ってやるあたり、「人情絡めばついほろり」の森の石松などと同類の人の良さをもっているわけで。そりゃあ、大衆受けする話でもあろうなあと思いましたですよ。

 

ちなみに忠治を演じたのは市川月乃助、そして後段の悪徳親分が伊吹吾郎。両者それぞれに時代劇にはお馴染みの役者ということになりましょうけれど、歌舞伎とTV時代劇とではずいぶんと異なる演技の型と申しますか、この辺の見比べも興味深いところでしたし、いまさながらではあるものの、ずいぶんと楽しめた芝居でありましたですよ。