日比谷図書文化館で開催中の特別展「シンデレラの世界」展を見てきたのですね。ただし「アメリカに渡ったシンデレラ・ストーリー」という副題が添えられているようにペローやグリムが採集した民間伝承そのままの世界ではないところにクローズアップしておるという次第でありました。

 

 

とはいえ、アメリカに「シンデレラ」のお話が伝わってくるのは、ペローやグリムの童話集(の英国版)を通してということになりますけれど、これが19世紀前半であったそうな。その後に少年少女向けあるいは子供向けの読み物の出版が盛んになってきますと、「シンデレラ」もまた人気商品のひとつということに。

 

そうした過程では英国で出版された「シンデレラ」をそのまんまパクッた海賊版が堂々と?アメリカで出版されていたりもしたそうな。それでも全く同じではないという主張の現われなのか、何とも微妙な改変があるとか。


例えば、右ページと左ページのそれぞれ端に描かれた背景が入れ替えてあったり、英国王の紋章に当たる部分には星条旗とアメリカン・イーグルを配してみたり。今のような著作権といった概念が無かった時代ならではなのでしょう。

 

ところで、アメリカ児童文学の名作に「若草物語」がありますですが、この作者ルイーザ・メアリ・オルコットには「A modern Cinderella」というシンデレラ物語の翻案小説があるのだそうですよ。これが1860年に発表されたというあたりのことも、当時のシンデレラ人気が偲ばれるのではなかろうかと。


ですが、何だってシンデレラ?という点に関してはアメリカの急速な産業化が関わっているようでありますね。大きな工場が昼夜無く稼動しているような状況の中では、貧しい家庭の少女といえどもどんどん労働力として使われて(使い捨てられて?)いった…という時代でもあったようで。

 

この工場で働く貧しい少女の忍耐がシンデレラを彷彿させるところであったか、王子様との出会いを夢に描き、実際に例えば工場経営者などに見初められて、階級アップを果たすケースも見られたことから、現実のシンデレラ・ストーリーとして語られ、それをアメリカン・ドリームとして夢見るてなことにも繋がったとか。

 

こうした受け止め方が根付いていったことによるのか、20世紀に入って大恐慌期になると、やはり厳しい環境におかれる人たちの間にシンデレラへの憧れをあおるように現実の「暗い世相とは対照的に明るい彩色とポップな挿絵が目立つ」本作りがされたりもしたようでありますね。

 

その後、1950年にディズニーがアニメ化したことによって、(ちなみにディズニーは1922年にもシンデレラの短編アニメを作っているそうですが)多くの人々にシンデレラ像の固定化を促すことになったものと思いますけれど、しばらく前に読んだ新潮新書の「ディズニーの魔法」という本には、こんな記載があったことを思い出しました。

シンデレラは(第二次大)戦後の女性たちにとって、我らがヒロインだった。彼女たちは、はっきりと自己主張し、みずからしあわせを掴み取らねばならなかった。ウォルトとその優秀なスタッフは、このような時代の雰囲気をたくみに捉えてシンデレラのキャラクターを練り上げた。(気弱な少女の復讐物語である原話「灰かぶり姫」の主人公に代えて)シンデレラの忘れがたいキャラクターを作り出したひとつの要素は、第二次世界大戦後という時代背景だった。

つまり、素朴な(それ故に本当は怖かったり、本当はエロかったりする)おとぎ話も、自然発生的に意味や価値を付加されることもあれば、仕立てようによってはその要素を強調して受け手に大きな影響を与えることもある。シンデレラがアメリカに渡って一番変わったのはその点にあるのやもしれませんですね。