ずいぶん昔のことながら「インド人もびっくり!」というCMのフレーズが流行ました。カレー粉、というよりそのまま鍋で融かせばいいのでカレールーというべきかもですが、そうした商品のコマーシャルで、カレーの本場であるインドの人も驚くほどにおいしいですよということだったのでありましょうね、きっと。
ですが、先に「日本の食文化史」という本を読んでいて、世界遺産にも登録された「和食」という伝統とは別に他の国の料理をどんどん取り込んで、独自化することもまた日本の得意技ではないかと思ったりしていたのですね。
ラーメンなどはかつて中華そばと言われていた面影はどこへやらというくらいに、バリエーション豊かな食べ物となって、日本のものとしか言いようがないような気が。
気付いてみれば「カレーもそうだよね」と思うところでして、「インドカレー伝」なる本を紐解いてみれば、それこそ「インド人もびっくり」ものの変化を遂げていたのだなということがよおく分かったのでありました。
しかしながら、カレーの場合には日本へ入ってくる前にすでにして大きな変化があって、それはイギリスによるものであるそうですな。
ご存知のようにインドはとても大きな国で、そこには当然に地域差が大きくありますが、そうした地域地域に独自のレシピで食材やら香辛料やらの使い方が異なる料理がある。それぞれの料理にはそれぞれの呼称があったところながら、それらをざっくりとまとめて「カレー」と呼んでしまったのがイギリス人であったとか。
もっともイギリスよりも早くインドに到達したポルトガル人が「インド南部の言葉にあるいくつかの単語から借用した」という「カリル」とか「カリー」とかいう言い方はあったようですけれど。
ちなみに「カレー」と言えば当然にして辛いものと思うわけで、その辛さの源のひとつとして唐辛子が思い浮かぶものの、元来インドには無いもので、中南米原産のものをポルトガル人が持ち込んだというのですな。
このあたりから、古来インドの人たちが食していた、その後に総称して「カレー」と呼ばれる料理がいわゆるインド料理から離れていくのを見るような気がしないでもない。
でもって、総称「カレー」なるものはイギリス本国にも移入されていきますけれど、19世紀半ばにロンドン大学でサンスクリット語を教えていたインド人講師の曰く「本物のインドのカレーとは、これ以上に異なった料理にはなりえないほど、まるで違ったもの」になってしまっていたそうな。
ひとつにはつなぎに小麦粉を使ってとろみをつけていたことですとか、それ以上にさまざまな香辛料を食材との兼ね合いで独自に組み合わせていたものを手早くひとまとめにした「カレー粉」なるものを誕生させたことにもよりましょう。
そもインドで「カレー」と呼ばれてしまう料理の類いを作るときには、調理の段階に応じて必要な香辛料を、実から磨り潰すことを都度行うことで香辛料個々の香りを引き立たせる工夫をしていたそうなんですが、これらを一切端折って作られた「カレー粉」なるものは、そりゃインドの人たちが食しているものとは似ても似つかぬものだったことでしょう。
と、そんなふうに「インドカレー」と呼ばれつつも、少しもインドっぽくないカレーが入ってきた日本ではさらなる変化を遂げたわけですね。「カレーうどん」や「カレーパン」は言うに及ばず、本書にも名前の出てくるカレー専門店の「CoCo一番屋」のメニューには数多のバリエーションが並んでおりますし。
では、日本にも数あるインド料理店ではどうなのか?かつてイギリスで軒を連ねたインド料理店がもっぱらイギリス人の口に合うことを前提に作り手たるインドの料理人は店のものは違う料理なので食べない…ようだったのですが、時代が変わって本格志向とも言われる世の中となって、変わったのでしょうか。エスニックなものはとかく手加減されているやにも思いますけれど。