しばし無沙汰をいたしました。函館から帰ってまいりましたですよ。

出発日(6/27)に関東は梅雨明けとなったことを後から知り、その後には連日の猛暑日で「大変だぁねぇ」と他人事状態になっておりまして、確かに函館は涼しい以上に寒いくらいという状況は贅沢とも言えるところかもと。さりながら、函館は函館でなかなかに難儀な気象状況であったのですなあ。このあたりは、追々触れていくことになりますけれど、とりあえずはホテルのお話を。

 

函館ステイをのんびり過ごすには湯の川温泉泊まりという選択肢もありますけれど、今回の同行者にはいろいろと食事制限が課せられている都合上、いわゆる大仰な宴会食は目の毒にもなるものですから、函館駅前のホテルに宿泊しておりました。こちら、東急ステイ函館朝市 灯の湯が宿泊先でありましたよ。

 

 

函館駅前界隈では最も高層の建物であったような。到着したときにはまだこんなふうにまずまずのお天気だったのでして…と天気の話は後回しにして、東急系のホテルといえば、いわゆる「東急ホテル」か「エクセルホテル東急」てな名称がもっぱらかと思っていましたですが、「東急ステイ」というブランドもあったのですなあ。ただこれは同じ東急でも運営会社が異なって、東急ステイの方はどうやら蓼科東急リゾートとか、そっち系なのだそうです(といって、蓼科東急リゾート自体、今では蓼科東急ホテルという名称のようですが…)。ともあれ、リゾート系を意識してか、客室内にミニキッチン(シンク下の収納にIHヒーターやら鍋や皿などが入っています)や洗濯機があるのが特徴のようでして。ここならば、食事も自在ですし、洗濯できるので衣類も最小限持っていけば済むということになるわけですな。

 

 

そして、部屋付きのお風呂(最上階18階に大浴場もあり)はしっかりと洗い場のある広めのもの。しかもボタンひとつで温泉が出るという!確かに少々白く濁ったお湯だったですが、風呂場の窓を開けることができますので、プライベート露天風呂のようにもなるのでありますよ。

 

 

窓の向こうにうっすら見えているのがかつての青函連絡船・摩周丸で、これと併せて函館港を眺めやりつつ湯につかるという、庶民にとってはこの上無いほどのらぐじゅありー感覚に浸りもするのですなあ(笑)。

 

ところで、そんなホテルに絡む思い巡らしから思い出したのが、先日見たフレッド・アステアの出ていた映画『スイング・ホテル』の余談を書き忘れていたなあということ。1942年の映画で、ジャジーな音楽が使われているところから邦題としては『スイング・ホテル』と付けられたのでしょうけれど、実はこれ、オリジナルのタイトルは全く異なるのですよね。曰く『Holiday Inn』というものでして。

 

アステアとW主演のビング・クロスビー演じるジムがテッド(フレッド・アステア)と組んでショービズの世界で成功していたところが、その慌ただしさから郊外に農園を買って、のんびり暮らすことを決意するところから始まるのですな。さりながら、たったひとりの農園暮らしは家畜の世話やら農作業やら、慣れないこともあって思い描いたのんびりとは全く正反対の、くったくたになる毎日となってしまったという。そこで思いついたのが自らの農園を一年のうち祝日だけに開業するホテルを開業しようというもの。もちろん祝日ならではのイベントを毎回用意して、毎度満員御礼を期待し、残りの日はその上がりで暮らしていこう、つまりは年に数日しか働かずにすむように目論むわけです。そこで付けた名前が「ホリディ・イン」で、そのまま映画のタイトルに。

 

されど、ここでふと思うのは「ホリディ・インというホテル・チェーンは本当にあるでないの?」ということ。まあ、実際のホリディ・インは1954年に1号店を開業したそうですので、創業者は1942年のこの映画(のタイトル)を見て「いただき!」と考えたのかもですなあ。

 

ともあれ、そんな現実も考え併せて映画の中のジムの発想を振り返りますと、農園ベースのファーム・ステイといったところまでを見通していたとすれば、後の世の人にも受け入れられる形態を先取りすることになったやもしれん…と思ってみたり。旅そのものばかりでなしに、旅に求める人々の指向も「世につれ」ですものね。

 

と、話はすっかり余談に流れてしまいましたですが、戻して函館のお話…はこの後、ちょこちょこと書いていくことにいたしましょう。ただし、ちらちらと触れておりますように、天候穏やかならずでホテル停滞が多く(いくらステイ型ホテルとはいえ…)ありましたので、さほど3泊4日、どっぷり函館のわりにこれ?てなことになるやもしれませんですが…。