1970年代のいかにもアメリカ映画らしいコメディー作品に「大陸横断超特急」というのがありました。
ジーン・ワイルダーとリチャード・プライヤーの掛け合いが実に楽しく、当時は日本語吹き替え版で
それぞれ広川太一郎と坂口義貞が当てていましたけれど、紅一点たるジル・クレイバーグの声には
ゾクゾクしたものです。これが小原乃梨子で、「アルプスの少女ハイジ」のペーター役、
はたまたドラえもんののび太役であることに後から気付かされて「あらら…」と。
この映画のストーリーで伏線になっているのがレンブラントの贋作事件であったのですけれど、
これを初見の当時、レンブラントについて知っているのはただただ名前だけというありさまでしたなあ。
美術作品に興味を持つのはもっともっと後のことながら、その興味のほどというのが
アムステルダムで「レンブラントの家」を訪ねるまでになるのですから、
人生何が起こるかわからないものでありますよ。
一方、アメリカの大富豪らしいトーマス・S・カプランという方、たいそうお金持ちということですが、
自ら美術品をコレクションしようとは考えてみたこともなかったようすながら、
この方の収集欲に火をつけたのがレンブラントだったようですなあ。
火が付くと一気に燃え上がってしまうのか、レンブラントを始めとするオランダ絵画の名品を続々購入したと。
ただ、幸いにしてそれらの美術品をしまい込んでしまうのではなくして、
ルーヴルに寄託して誰にも見られるようにしたとは、何ともありがたいことで。
もっともルーヴルにまた行ける日がいつくるともしれませんですが…。
とまれ、そんなエピソードを含んで(言うまでもなく個人的な「大陸横断超特急」の話は埒外ですが)
レンブラントに魅せられた人たちの狂騒ぶりを描いたドキュメンタリーが「レンブラントは誰の手に」でありました。
パリに住まうロスチャイルド家のおひとりが、止む無い理由で所蔵するレンブラントによる肖像画2点一対を
手放さざるをえなくなるのですな。オランダ国立美術館はもとよりルーヴルも当然に買い取りに意欲を見せる。
さりながら提示価格は1億6千万ユーロ(200億あまりでしょうか)で、これには両館とも頭を抱えるのですなあ。
苦肉の策とオランダ側はルーヴルに共同購入を持ち掛け、互いに資金集めを始めたところ、
オランダ側では思いのほかざくざくと寄付金が集まって、単独購入一歩手前まで行ったとか。
やはりレンブラントをオランダに取り戻したいとの思いが強かったのでしょうかね。
一方のルーヴルはとオランダ側の問い合わせに対して、まったく資金は無いという状況。
ではいっそのこと単独購入でと考えるも、負けず嫌いのフランス人??たちは
現在パリにある至宝を国外に黙って持ち出させるわけにはいかないと文化大臣あたりも動き出し、
フランスからオランダへの政治圧力のようなことになってくるのですなあ。
なんだか先に見た映画でマレーシア政府が某国への忖度をしていたことを思い出したりして、なんともはやです。
ま、結果的にはフランス、オランダで当初のお話どおりに共同購入と相成ったようですけれど、
単独でレンブラントを買い戻せる一歩手前まで行っていただけに、
なかなかにオランダは複雑な心中ではなかろうかと。
別のエピソードとしては、こんなお話も。
とあるオークションでレンブラント周辺の画家作とされた一枚を見たオランダの画商が落札、
購入価格はおよそ13万ユーロ(1700万円ほど)であったところが、落札した画商は
この作品は周辺作などではなくして、レンブラントの真筆であると見ていたようなのですね。
レンブラントの知られざる真作となれば、大きな話題ともなり、価格はうなぎ上りでありましょう。
レンブラント研究の第一人者を巻き込んで、「これはまさにレンブラント」とお墨付きを得るに至りますが、
こちらもオークションでの落札時に取引があったはずと主張する人物が登場して訴訟沙汰になってしまったり…。
映画では扱いきれていないその後の状況もあれこれあるで、絵そのものも画商の手には渡っていないようす。
まさに「レンブラントは誰の手に」おちることになるのか、先行き不透明でもあるようですけれど、
結局のところ美術作品のような文化遺産は「買ったのだから自分のもの」と果たして言うことが
道義的にどうなのでありましょうかね。
必ずしも同じ話ではありませんけれど、帝国主義時代にあちこちからかっさらうように持ってきた美術品を、
元あった本国が返還を迫るといった話を思い出したりもするところです。
日本の美術品も海外の美術館にたくさん所蔵されていますが、これはむしろ積極的に売りに出したのか…。
海外であっても、まだ美術館などの施設にあるのならば、まあ良しと思うべきでしょうし。
それにしても、そんなこんなを通じて「所有」なることを考えてしまいますですねえ、いやはや。