カナダのパントル・ナイーフとして夙に知られる(らしい)モード・ルイスを主人公とした映画「しあわせの絵の具」、
「らしい」と言いましたのはこれを見るまで知らなかったからですけれど、いい話でしたなあ。
カナダの小さな港町で叔母と暮らすモードは、絵を描くことと自由を愛していた。ある日モードは、魚の行商を営むエベレットが家政婦募集中と知り、自立のため、住み込みの家政婦になろうと決意する。幼い頃から重いリウマチを患い厄介者扱いされてきたモードと、孤児院育ちで学もなく、生きるのに精一杯のエベレット。はみ出し者同士の同居生活はトラブル続きだったが、徐々に2人は心を通わせ、やがて結婚。 一方、モードの絵を一目見て才能を見抜いたエベレットの顧客サンドラは、彼女に絵の創作を依頼。モードは期待に応えようと、夢中で筆を動かし始める。そんな彼女を不器用に応援するエベレット。いつしかモードの絵は評判を呼び、アメリカのニクソン大統領からも依頼が来て……。
ちと長いですが、公式HPのストーリー紹介はこんな具合。
ですがあらすじはあらすじでしかなく、モードとエベレットの関係は簡単なものではない。
なにしろ粗野なエベレットと繊細なモードですのでね。当初は完全にエベレットがモードを使用人として、
しかも使えない使用人としか見ておらず、掛ける言葉も非常に厳しいものながら、
徐々に徐々にこの関係が変わっていくところが見ものなのですよね。
例えば二人で魚の行商に出たときに、当初はモードは歩きにくい足を引き摺って
必死にエベレットに付いて歩くというふうだったのが、いつしか帰り道は空になった荷車にモードが乗り、
エベレットは黙々とこれを押していく…というふうに。
こうした様子がカナダ東部、ノバスコシア州の海沿いのきんと冷ややかな空気の流れる草原の中に映し出される、
映像もまたきれいなものでありましたよ。
ところで、何かと映画のタイトルの付け方にひと言差しはさんでしまいますけれど、
この「しあわせの絵の具」という邦題は悪くないなと。
原題は「Maudie」、主人公モードの愛称でしょうから、この人のお話ですよというのがそのままであるわけですね。
おそらくカナダやアメリカではこれで十分に通じるのだろうと思うところながら、如何せん日本では…?
そこで捻り出されたのが「しあわせの絵の具」だったのでありましょうね。
エベレットの小屋に来た当初、モードはあり合わせのペンキで絵を描いていたのですが、
あるときエベレットが絵の具を買い与える。貧しいだけに無駄遣いをとことん嫌うエベレットですので、
(モードとなかなか結婚しなかったのも、結婚は手続きとしてもお金がかかるからと…、それだけはないですが)
モードへのこんな気遣いといいますか、このあたりが二人の関係の揺らぎを(語らずして)見せるところでもあり。
世間からずれている感は二人に共通ですけれど、それにしてもモードの絵が徐々に売れるようになったときに、
エベレットとモードの二人ともに、実に欲が無い(身の丈相応の金銭感覚なのかもしれませんけれど)。
妙に儲けようとか、もっと高く売れるのではといった発想がおよそ無いところに感じ入りますですね。
何しろ、この素朴な画家の作品が新聞やTVで紹介されるようになって彼らがやったことは、
自分たちの住まう小屋の前を通る道に面して「Paintings for sale」の看板を出したのですから。
モードの絵が日の目を見るのに力を貸したサンドラはニューヨーク在住、販路の拡大や富裕層への売り込みも
場合によっては可能だったろうと思えるところですのに、それをやらない(思いもよらない?)。
ある意味、感動的な姿でもありましたですよ。
今のご時勢では単に社会に馴染めない人たちと片付けられてしまいそうですけれど、
こういう生き方もできるはず…と考えたりする点でも、見てよかったと思える映画でありましたですよ。