7泊9日のヨーロッパ行きなれば、あっちもこっちも廻ってとなりそうなのは

先の税関職員の反応よろしくごくごく普通のことなのかもしれませんですね。


それがベルギーだけとは…ともなりましょうが、

四国より大きく九州より小さいというサイズの国に出かけてなお、

ベルギー一周を目論んだわけでもないのですなあ。

書き出しにあたってタイトルに「フランデレン紀行」と付けたのはそれが故でありまして。


そもさして大きくないサイズの国にあって、

ざっくり北半分がオランダ語圏、南半分がフランス語圏で、

それぞれの地域は一般にフランドル、ワロンとして知られておりますな。

(小さいながらドイツ語使用圏もあります、念の為)


ところがオランダ語圏を指していうこの「フランドル」という言葉自体がフランス語であって、

これはフランス語を使っているかつての支配層的目線の言葉であることから、

この地域では「フランドル」というフランス語で呼ばれるくらいなら、

「フランダース」と英語で呼ばれる方がまだまし!てなことでもあるらしい。

まあ、正式にはちゃんとオランダ語で「フランデレン」がいいのだろうと思ったわけなのですよ。


ところで、オランダ語、オランダ語と言ってますが、

ベルギー地域の方言的なところを考え合わせると「フラマン語」という言い方もありますけれど、

この「フラマン」というのがまたフランス語なのでして、英語では「フレミッシュ」、

現地語的には「フラームス」ということでありまして…。


てなことで、小さな国ながらフランデレンとワロンとはあんまり仲良しではないようで。

ああだこうだの悶着が続いた結果として連邦制の王国になっている…とは英国における

イングランドとスコットランドみたいな関係を想像してもいいのかもしれませんですね。


ただ、対立構造の激しさを物語る一端としては、

首都ブリュッセルの近郊にあって1425年創立という歴史のあるルーヴェン大学は

地域的にフランデレンに属していることからフランス語で教え学ぶ側はワロン地域に

新ルーヴェン(フランス語としてはルーヴァン・ラ・ヌーヴ)を作ってルーヴァン大学を作ってしまったとか。


その際には対等折半を目指すあまり、図書館の蔵書をラベルのナンバー順に一冊ずつ

フランデレン、ワロン、フランデレン、ワロン…と割り振っていったりしたものですから、

その後の研究に大いに差障ったてな話もあるようです。すごいですよね。


…てなあたりの予備知識を持って出かけたのは

ベルギーのフランデレン地方のごく狭い範囲と首都ブリュッセル。

従って、ちまちまとした話ばかりでもあろう「フランデレン紀行」を

少しずつ書き出していくのでありますよ。


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