ドイツを南北に流れるライン川の東西両岸にある鉄道のうち、
レマゲンに立ち寄ったときには確かにラインの西側を走る列車に乗っていたわけですが、
その後も南下を続ける中でいつの間に東側を走る列車に乗ることになったのか…
これが思い出せない。
たぶん途中のコブレンツあたりで乗り換えたのかとも思いますが、
何十年も前のことですのでご容赦のほどを。
…とご容赦を願っておきながら、たった今思い出したけれど、
前回
のおしまい部分で「ローレライ」のことに触れましたですね。
一般的には「ライン下り」と称して船から見るというのが観光の目玉になるところが、
その時は真冬でライン下りの船は冬期運休中。
となると、当然に列車から「ローレライ」を見たということになるものの、
「ローレライ」を拝むためにはライン川の西側を走る列車に乗っていなければならない。
それがコブレンツでラインの東側を通る列車に乗り換えたとなると、
「ローレライは見えないではないか…」という結論にたどり着くという。
ま、そんな細かいことはどなたも気になさらぬかとも思いますが、
ここでの話は、ともかくコブレンツから先、
ライン川の東側を走る列車に乗っていたところから始めて、
そのままでは見えるはずのない「ローレライ」の謎解きはもそっと先に譲るとしましょう。
ともかく、何日かにわたってライン川の流れを見ながら旅を続けていましたけれど、
途中、瞬間的にレマゲンで川原に降り立ったものの、それ以外は常に車窓からの眺めばかり。
もそっと親しくラインに寄り添ってみるかと思い立って、ライン河畔を歩くことにしたのでありますよ。
差し当たりは目的地をリューデスハイム(初期の「地球の歩き方」にも載っている観光地)として、
一つ前の駅であるアスマンスハウゼンで下車。
この一区間がいったいどのくらいの距離があるのかも知らないままに、
ライン川を横目で見ながら歩き始めたのでありました。いやあ、我ながら「自由だなぁ」と。
ただこれまでのところで予想をしておかねばいけんかったですが、
日本の川の土手を歩くような感じではないのですよね、そもそもからして。
結構がちっと護岸が築かれていて、あまり川と親しくする雰囲気ではない。
後から知りましたけれど6キロくらいの道でよかった、よかった。
ともかくもリューデスハイムに到着。
ラインガウ・ワインの産地として有名で気楽な酒場などに人が集まる観光地…
てな説明でもあったろうかと思いますですが、どうやら真冬に訪ねる場所ではなかったようで。
斜面のぶどう畑は枯れ枝のようにさびしい状況で、ひとっこ一人歩いている人はおらず、
当然にお店も閉まっているところばかり。ぽかぽか暖かい日だったことだけが幸いでありました。
辛うじてワイン博物館だけは開館していたので覗いてみたところ、
見た目どおりの古い城館の中に古びた展示品があったことが思い出されます。
とまれ想定外の侘しさの中、インフォメーションで紹介してもらった宿に泊まり、迎えた翌朝。
気付いてみれば、対岸までの渡し船があることに気付いたのですね。
ライン下りの船が運休中ですから、川の上に出るにはもはやこの手しかないのではと
大喜びで乗せてもらいに行ったですよ。
対岸がビンゲンという町だということには全く予備知識無しでありましたが、
流れの関係か対岸まで斜めに切って進む船の中にあって、
今度は向こう岸の丘の上に建つ(聳えるほどではない)お城が気になりだしたのでして。
何しろ見上げれば見えるところにありますから、
ビンゲンの町の地図なんぞ無くともどうにかたどり着けようと思っているうちに到着。
いかにも古城というに相応しい古びれ感が(ちゃらちゃらしているよりはどれほどか)いいですなあ。
クロップ城というお城だったようです。
渡し船もビンゲンもクロップ城も、全てその場の思いつきでめぐり合ったものばかりですが、
付かず離れずライン沿いを旅した中では、お城のある高台から見下ろすライン川というのが
いちばん気持ちよくいちばんいい風景だったように強く印象に残ったのでありました。