笛吹川フルーツ公園 に来ておきながら、目的地はフルーツ公園そのものではないという。
では?…と勿体ぶるまでもなく、タイトルにありますように「横溝正史館」であります。


笛吹川フルーツ公園園内マップ


ご覧のようになかなか広い園内はマップそのままに下から上へとずうっと斜面になっとりまして、
その下の方、入口広場とかインフォメーションとかある辺りのそばに自転車を置き、
最上部に見える「横溝正史館」まで今度は歩いて登ったわけですが、
はあはあ、ぜいぜいの話はともかくも、たどり着いたなぁ感は強かったなと。


横溝正史館@山梨市

個人のお宅にお邪魔するように、格子の引き戸をがらがら開けて「ごめんください」。
と、顔を見せたボランティア・ガイドの方が問うて曰く「横溝先生のファンの方ですか?」と。

はっきり言ってしまいますと、横溝作品の猟奇的なところは苦手(そも怖いものがダメ)なので
本音は「そうじゃないです」ながら、そうはっきり否定しては申し訳ない気もしたものですから、
「さほどでもないんですけど…」と微妙なお茶の濁し方で乗り切ったり…。


とはいえ、立ち寄ってみようかなと思ったからには、
やっぱり1冊くらい読んでおこうかと怖々ながら手に取ったのでありまして、
探偵・金田一耕助が登場するものとしては3作目と比較的早い時期の作品で、
わりと世評も高いようすの「夜歩く」という一作。


夜歩く (角川文庫)/横溝 正史


タイトルだけではさほどの猟奇性は感じられないものの、
発見される死体には首が無くなっていて…とは、エンジン全開の横溝作品であったのかも。

江戸期から続く旧領主である地方の一族(なんと、古神家の一族!)は血脈が複雑で…という

あたりも、まさに!でありましょうか。


何とか(?)読み通して思うところは、相当に伏線を効かせたプロットとその解決には
いやあ相当に頭を捻って生み出したのだろうなあということが偲ばれますですね。

猟奇的、土俗的な衣をまといつつ、しっかり本格ミステリーなのだろうと。


首を切り取ることによって被害者が誰であるかを惑わせるときに、
人物特定の決め手となる右大腿部の銃創がどんなふうにできるかなどの点で、
ちと都合好すぎでない?というところもありますけれど。


それと(ネタばれに繋がって恐縮ですが)、大枠の仕立てが奇しくも

先に読んだ松本清張の「草」 と同様…ということは、かのA.C.女史の某作に類似しているとは。

かくもあるものなんですなぁ、同趣向のものが…。


横溝正史館の書斎


と、横溝正史館の書斎を覗けば、
「そうそう、こんな画風のカバーであったな」という角川文庫の
旧版シリーズ(上のカバーより横溝っぽい?)が並べ置かれておりました。


角川書店が「読んでから見るか、見てから読むか」をキャッチコピーとして
映画タイアップのキャンペーンを展開した頃であったろうと思われます。
ちなみにいちばん上の列の左から3番目が「夜歩く」の旧版ということに。


ところで書斎と言いましたけれど、

もとはこの建物自体が世田谷に住まっていた横溝正史宅の書斎部分であって
(本来の住まいはもっと大きな邸宅だったらしいですが、ここにあるのはふた間と書庫部分)
何でも横溝正史出入りの古書店主が山梨出身者だったてな縁もあって寄贈され、
かつて横溝自身が笛吹川あたりを散策したことがあることから

川を見下ろす丘の上に移築と相成ったそうな。


繋がりとしてはいささか希薄な気もしますけれど、
「夜歩く」の舞台となる鬼首村(「悪魔の手毬唄の舞台でもありますね)が岡山県という設定であるように

自身の疎開先である岡山はもそっと繋がり深いような気がするも、
どうも岡山への移築は話が調わなかったそうです。


ただ石坂浩二が金田一を演じた映画版「悪魔の手毬唄」での鬼首村の撮影は
山梨(現在の甲斐市)で行われたようですので、そんなこんなも含めれば関わりありでありましょうか。
この横溝正史館を訪ねるような人はそのロケ地にも足を伸ばすてなことが多くあるらしいですよ。


江戸川乱歩揮毫@横溝正史館


入って奥の間との間には「琴詩酒」と書かれた額が掛けられてましたが、

これは江戸川乱歩の手になるもの(白居易の詩が元ネタだそうで)。


乱歩作品は(少年探偵団シリーズを除いても)横溝作品よりも読んだことがありますけれど、
その猟奇性の部分では近しいものがあるように思っていたところ、

両者の関わりは深いようですね。こんな解説文がありました。

19歳で作家としてデビューした横溝だったが、相次ぐ二人の兄の死により実家の薬種商の家業と創作活動の並立を余儀なくされた。そのような生活を一新させてくれたのが江戸川乱歩であった。彼の招きにより「探偵趣味の会」の同人となり上京を果たした横溝は、様々な作家や翻訳家たちと出会い、推理小説家としての才能を開花していく。

だから猟奇的な殺人事件を描く点で似るとはいいませんですが、
敬愛すればこそ…てなところはあるかもしれません。


読んだことはあまり無いものの、古谷一行版金田一のTVシリーズでは結構見ていたなあと

記憶の底に封印していたのかもという怖がった思いをじわじわ思い出しながらひとまわりした横溝正史館。

外に出ると燦々と降り注ぐ陽光の下で花々が咲き誇っており、
「どうも横溝正史の世界とはしっくりこんな…」と思ってしまいましたですよ。


花に彩られる横溝正史館?