薩埵越紀行
でご覧いただいておりますように(取り敢えずご覧いただいてる前提ですが…)、
東海道の宿場歩きやら峠越えやらの話が続く中、十返舎一九
のことに触れたりしますと、
当然に「東海道中膝栗毛」を読もうかとなるわけですが、また少し先送りに。
東海道を往来した人たちの中には、大山参り、身延詣で、そして富士講、伊勢講という、
いわゆる巡礼の方々がたくさんいたのだよなぁということをつらつら思ったりするときに
サンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼の旅を綴った本に目がとまったものですから。
とはいえ、こうした巡礼に出掛ける人たちというのは、
スピリチュアルなもの(神との接近遭遇とか…)を求めていたりして
自ずと巡礼記もそうしたことを反映した内容になろうかと思うところですが、
その類いは大の苦手だもので、本書のタイトルが違ったものなら手にとることもなかったような。
そのタイトルとは「巡礼コメディ旅日記 僕のサンティアゴ巡礼の道」というものでありました。
著者のハーペー・カーケリングという人はドイツでは超がつく有名コメディアンとのことで、
(本書ではハーペイと記されて、その理由は訳者あとがきにありますが、正しくはハーペー)
信仰がないわけではないものの、「スピリチュアル」みたいな言葉にやや冷やか視線でもって
ともすれば小噺のネタにでもしてやろうと考えている、仕事熱心?な人物なのですね。
だからといって、この巡礼記がTV局とか雑誌とかの取材を兼ねた企画ものではなく、
(著者が歩く間にも、ほかの国からそうした企画で来ている人たちに出くわしますが)
全くの個人が重い荷物を自ら担い、自分の脚で歩くという、
およそ普通の人が体験するエル・カミーノ・デ・サンティアゴを教えてくれるのですよ。
そもそもこの巡礼路への挑戦は、単なる思い付きみたいな感じ。
気負いも衒いも全く無く、それだけに厳しい巡礼路歩きには開始早々から、
へこたれて弱音を吐き、文句たらたらの毎日。
たぶん強い信仰心のようなものを持ち合わせて、この道に臨んだとすれば、
こうした苦難も神が与えたもうた的考えで自らを奮い立たせるのでしょうけれど、
この人はそうではない。実に正直に不満をぶちまけたりするのですよね。
最終的に歩きとおした証書(これのことをコンポステラというらしい)を得るには
全長では800km(東京から広島くらい)とも言われる道のりの最後の100kmくらいを
自力で歩いて巡礼スタンプをもらえば(って、スタンプラリーみたいなのだったのですな)いいと、
このハーペーさん、知っているものですから、途中で「やってられるか」と思えば、
早い段階ではバスにも乗れば鉄道も使うことにも、いっかなこだわりがない。
途中で出会った巡礼者からすれば、邪道との誹りも何のその、
しかも沿道に点々と配されたレフヒオ(巡礼宿)が日本の山小屋よろしく
来る者こばまず的なぎゅう詰め状態(何しろ無料らしい)と知るや、
巡礼者との交流なんぞに構ってられないと、まともなホテルにベッドを探し歩いたりも。
しかしながら、ペースにしても、行動様式にしてもひとりが一番と
他者との関わりを避けてさえいたかに見えるハーペーさんですけれど、
旅も後半になるといつのまにやら旅の友がひとり、ふたり、三人と…。
さすがにこれだけの遠路をひとりで黙々と歩き通すには、
ある意味、よほどの精神力でもないとできないことなのでしょうね。
そして、いかにスピリチュアル的要素を考慮していない著者であっても、
ひた歩きの中では自ずと内省的になったりもするわけでして、
こうした部分は、必ずしもキリスト教のでなくもそっと普遍的な意味での「神」との
対話のような様相を呈して来たりもするわけです。
何となく想像だけはできますけれど。
それだけに、最終章サンティアゴ・デ・コンポステラに至って、
著者はこんな言葉を記すようにもなって行くのでありますよ。
この道はつらくかつ素晴らしい。それは挑発であり誘惑だ。おまえをへたばらせ、空っぽにしてしまう。残らず。そして、再建してくれる。根本から。
とても思い付きで歩き始めた人の言とも思えませんけれど、
それが神の道であるかどうかは別として、
苦行を乗り切った後でなければ知ることのできない世界があるということなんでしょうね。
おそらく本書を読んだ人の多くは、へたれハーペーでも手に入れることができたコンポステラを
自分も手にすることができるかもしれないと思うことでありましょう。
かく言う自分も、気付いてみればその一人だったりするわけですが、
その道はエル・カミーノ・デ・サンティアゴでなければならないことはない。
何ができるか考えてみようと思います(けど、そのうち忘れるでしょう…)。