風邪っぴきで云々と言いましたのはすでに一週間も前ながら、どうも頑固な風邪らしく、
もういいかなとふらふら動き回ると「う、具合わる!」といったことが繰り返され、
自ずと精力的に動き回るわけにもいかずとなりますと、
ぼんやりTVでも眺めて無聊を託つということに。
もっともTVといっても、ごくごく普通に見られるTV放送ではないのですけれど。
ここで取り上げますのは、AXNミステリというチャンネルで放送された
「ミス・マープル 夜行特急の殺人」というもの。
1961年に制作されたイギリス映画で、アガサ・クリスティーが生み出した探偵役のひとり、
ミス・マープルが初めて映像化された作品ということありました。
アガサ・クリスティーによるミステリ作品はかなり読んだのですけれど、
どうもポアロものに偏っていて、ミス・マープルはあまり馴染みがない。
で、おばあちゃんという設定からしても、
どちらかといえばアームチェア・ディテクティヴなのだろうと思っていたのですけれど、
この映画を見る限りにおいては「ミス・マープルって、こんな?」と思えるほど活動的なのですよ。
ロンドンから住まいのあるセント・メアリ・ミード村へ帰るために列車に乗り込んだミス・マープル。
途中で並行する線路を走る別の列車に追い抜かれますが、
向こうの列車の車室で今まさに絞殺される女性の姿を車窓越しに目撃してしまいます。
すぐに車掌に伝え、また警察にも通報しますが、おばあちゃんの世迷言と捜査は通りいっぺん。
何しろ死体が出ないのですから。
それなら自分で…と線路の近くを捜索し、死体は線路に投げ落とされたのち、
その近くに広大な敷地を持つ屋敷のどこかに隠されたと推測します。
さらには、その屋敷にマープル自身が雇われ家政婦として乗り込み、
休憩時間に敷地内でゴルフをしてボールを探すふりをしながらあちこち探し回り…という具合。
いくら何でもかなり脚色されてるんだろうと思ったものですから、
クリスティーの原作「パディントン発4時50分」を読んでみたですよ。
そうしましたら、内容的にはかなり摘んであるものの基本線は原作によりながらも、
驚いたことに最初の絞殺の目撃者がミス・マープルではない!
さらに屋敷に家政婦として乗り込むのはミス・マープルではない!ということが分かりました。
では、やっぱりアームチェア・ディテクティブかというと、そうでもないこともまた分かりました。
庭いじりのためにかがむということさえ医者から自粛要請されている年寄りとされながら、
友人から絞殺目撃の話を聞いたマープルは実地検分とばかり、ロンドンまでの列車で
3往復くらいしてしまうんですから、体力がないとは言い難いような…。
ところで、映画でもって結末の分かっているミステリが果たして面白いのかと言いますと、
いやあ、面白かったですねえ。
さすがはアガサ・クリスティー!と言わざるを得ない。
映画がストーリー的に摘んであると言いましたけれど、
小説で読んでみると映画で端折った部分の説明がきちんとつけられ、
小説だけに出てくるシークエンスも単なる脇のお話でなく最後に納まりよく片付くのですから。
目撃者がなぜパディントン発4時55分の列車を選んだことまで「なるほど!」と思えますし。
(もっともそれだけに、考えてみればご都合主義的でもありますけれど、それは措くとして)
そうしたことが分かった上で改めて映画に戻ってみますと、
これはこれでエッセンスを抽出してうまく作ってある方かなとは思いますですね。
ただし、先にも言ったとおり、
ミス・マープルの活躍のようすはずいぶんと原作と異なっていますし、
そもそも姿かたちからしても主演のマーガレット・ラザフォードはでっぷり大柄な感じで
原作とは離れているものと思われます。
Wikiによれば「クリスティ自身はラザフォードのマープルを気に入ってはいなかった」とありますし。
そこで思うのは、映画の製作者側とすれば原作とは異なるものの、
映画独自のマープル像を作っていこうとしたのかも。
そもそもマーガレット・ラザフォードという女優さんはコメディ映画に多く出演したようで、
確かにやおら家政婦になって乗りこんだり、ゴルフクラブを振り回したりというのは
コメディ路線に違いないのでして、映画として狙った路線だったのでしょう。
それだけアクティブなマープル像を作り出すためにも映画の原題には
「Murder she said」(人殺し!と彼女は言った)で、
目撃するところからしてマープルにしてあるわけですね。
ラザフォード主演のマープル映画は他に3本作られたようですけれど、
他の作品も是非見てみたいですなぁ。
そして、さらにクリスティーの原作と比べてみたいものだと思うところでありますよ。