今回の東日本大地震におきまして、
多くの命が天に召されました。
残された人間の一人として、
何をしなくてはいけないのか深く考えさせられました。

ただ、今は、まだ恐怖を抱えながら避難生活を送っている被災者の方。
自分の命と引き換えに、救援を行っている方々。
彼らのご無事を祈るとともに、平穏な時が一刻も早く訪れることを願っております。
勝間和代さんの新刊の書籍です。
今回のテーマは日本をコントロールしているといってもいい「アカデミックエリート」
すなわち高学歴でエリートになった人。
反対に低学歴でも成功する人「ストリートスマート」を焦点にあてています。

高学歴でも失敗する人、学歴なしでも成功する人 (小学館101新書)/勝間 和代

¥777
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日本は実力社会になったとはいえ、依然学歴社会は残っている。
現在では大学にいっていない者の身分は狭く、中でも東大を筆頭に難関大学を卒業している「アカデミックエリート」は世間的に賞賛される。
いや、これ事態は普通のことなのかもしれない。なぜなら日本慣習が学歴優遇社会をつくり世界的に見てもこの思想はごく自然的。

しかし、企業、政府においての入社、昇進の要因が学歴になっているというのは聊か問題である。
政府は学歴によって昇進のスピードは関係ないとは言っているものの昇進スピードは学歴によって変わる。これは現在も行われている。

特に政府においては東大法学部が官僚になるという体質がある。
いくら同じ国家1種を受け官庁に入ったとしても東大法学部が優遇されるのである。
もちろん、東大ほどの高学歴であれば博識であるのは言うまでもない。
しかし、勉強ができるというのはイコール仕事ができるとは結びつかない。

答えは簡単。それにおいての費やす時間がわからないからである。
例えば、

(1年かけて)  東大の入学問題を全て満点の人

(1か月かけて) 東大の入学問題を全て80点の人

これは勝間氏の書籍でも書かれています。(数字は違いますが。)
さて、どちらの人をあなたは入社試験で採用する?

僕なら後者です。
しかし、企業においてはその費やした日数がわからないため、
純粋に結果、成果が高い人を採用してしまうのです。
すると、低学歴である人がドロップアウトされる。
そしていつしか、企業や政府は高学歴の人で固まってしまう。
さて、高学歴で固まった組織というのは問題解決能力に優れ、革新的なアイディアを創出し、
要するに「仕事ができる人」かどうかというとそうではない。

もちろん、高学歴の人を完全に否定はしていない。
高学歴の人は社会的に成功しやすく、年収も高いという統計もある。
ただ、中には高学歴であるが労働生産性の低い人もいるというのが事実である。
また、仕事というのは学力だけでは務まらない。もちろん人間性や精神的自立など総合的な力を
必要とする。それを学力という一点だけで判断できるかというのは問題視すべきである。

現代、新たな知識やアイディアを生むことが価値となる社会である。
そして、必要なのはスピードとタイミング。
要するに生産性の高い人こそ企業では大いに必要になる。

すると必要になる人材要素はこの書でいう「ストリートスマート」な人間であるということ。
言い換えると、出来るビジネスパーソンだということ。
未来のビジョンを持ち、自分の言動に責任を持つ。
そして、自分自身をもリスクマネジメントできる人をさす。
人の責任にはしない。そして、つねに上昇志向。
こういった人こそ社会は必要になる。

世の中は急速に変化している。
次第に、アカデミックエリートの存在が薄れていくとも思う。
なぜなら、企業も日本以外の外国人の採用を取り入れるようになったからである。
それは、労働人口が今後減少していくという背景の中、外国人を取り入れていかないと
企業自体が経営できないというところまで来ているからである。

外国人は上昇志向がとても高い。特にアジア圏に関してはとくにそうである。
このような環境の中で、学歴だけではなく仕事力、地頭力の高い人こそ
ビジネスの中で生き残る秘訣なのかもしれません。

解雇整理の緩和の件など、雇用に関しても変化していきます。
社内評価制度も整える企業も多くなってきています。
生産性の低い人はもはや生き残れなくなる。

こういった未来が予測できるのなら、今からしなくてはいけないことを見つけ
そして備えておくことこそこの著書では知らせたかったのかなと思う。

とても面白い著書です!




みなさん、年末年始はいかがお過ごしでしょうか?
昨年を振り返ると、立てた目標は達成できたと思っております。
今年も去年のように更なる飛躍をできたらなと思います。

さて、僕は現在実家でくつろいでいるところですが
珍しく母が読書していました。
フォレスト出版の「怒らない技術」

怒らない技術 (フォレスト2545新書)/嶋津良智

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誰もが自分の主張を通したいものである。
しかしながら、社会、組織で生きるということはそれをよしとしない。
この満たされない気持ちがストレスになり怒るという行動につながる。
著者と同じく、僕自身のこのストレス、怒る要因をたつということは
仏様以外到底無理な話である。
ここで問題すべきは、完全になくすことではなく上手く付き合っていくことである。

その中で同意できることに「怒っても結果は同じである」ということ。
分かりきっているようだけれど、多くの人はこのことに気づいていない。
怒ることによって部下が成長できるというのだろうか?
それは些か恩着せがましい話である。
そもそも、怒られることが好きな人はいないし、
自分の感情を他者に当たり散らすことでお互い得られるメリットはない。

僕ももちろんストレスを感じたり、苛立つことはある。
しかし、それは瞬間的であり持ち続けることはない。
なぜ瞬間的なのかというと「怒る要因」を持ち続けることこそ
マイナスになるというのを知っているからである。
ストレスを持ち続ければ病気になり自分自身を滅ぼす。
そして、それは前述したとおり完全無くすことはできない。
だからこそ、捨てる行為こそ必要になってくる。

そこで必要となる思想の前提条件になるのは、世の中は思い通りにならないということである。
もちろん、他人も自分の思い通りには動いてはくれない。
このことを頭にいれときさえすれば、あらゆることに感情に荒波を立てずにすむ。

よく怒ってしまう人も今年こそ穏やかに自分のことを大切にしてほしい。
よい一年を作りましょう!



今日の一言
「人生の主人公は自分である。怒るということは他人に自分の時間を使ってしまうことである。だったら、自分のことを考えて成長させるべきじゃない?」







工業化社会、情報化社会、そして知識社会を迎えた。
僕らは大概のことはできる。
パソコン、英会話もある程度はできる!?

もちろん生産技術は機械が代わりをしてくれている。
ITのおかげで生産性はハイクラスである。

しかしながら、進化しないものはなんだろう。

残念ながら、それは人の心だと思う。
人を妬み、嫉み、恨み、騙し、殺す。
歴史から見ても、これは一生なくならない。

シスターでノートルダム女学院の理事長をしていた故渡辺和子氏は
こんなことを言っていた。

「世の中は物質的に豊かになった。
しかし、人の心は貧しくなった。」

この言葉こそ、今を鋭くついている。

人生の目的やビジョン。それを持つか持たないかで人の生き方は異なる。
何故、自分をよくしようと思わないのでしょうか。
ただ単に何も考えずに生きることを、神は望んだりはしない。
何らかの目的を持ち、生きていく。
そして霊的に成長していくことが人生というものだと思う。

それは、いただくものではなく。
誰かに与える。そんな人になるべきたと思う。

高度成長期の日本のビジネスパーソンは働いていかに生産性をあげることに
必死であった。
しかし今はどうだろう?
10年前は英語を話せることが重要であった。
しかし今はどうだろう?
同じくして、PCでプログラミングできる人は貴重であった。
しかし今はどうだろう?

そう、どれもさほど重要なことではない。
何故なら、変わりは誰でもいるからである。
むしろ、それらを出来る人が多くなった。
だからこそ、差別化、パーソナルブランディングが必要になった。

もちろんポータブルなスキルは持っていた方がいい。
けれど、それだけでは足りない。
何故なら、時代が変わったからだ。
ビジネスをしていると、世の中ハードからソフトへ転換していると感じる。
より、人間らしくコアなものを求めるようになった。

自分という人はこういうパラダイムをもっており、
将来のビジョンも持っている。
そして、普段はあらゆる活動をしている。

まさにここの部分が求められる。
むしろ、価値観が違うのならビジネスはできなくなる。

人間性ですね。
これは戦争や環境破壊にNOという世界観が創りだしたものだろうか。

世界は小さくなる。
これは国と国との行き来が容易になるということを意味している。
この変化に日本、いや人はどうかわっていくのか。

そして、より人間らしくなれるのだろうか。





歴史は正直あまり興味はない。
しかしながら、ビジネスにはとても興味がある。
そして、自分自身もその分野で成功したいと思う。
あらゆるビジネスモデル、産業研究をしている内に
ここ何年前から歴史のシナリオには面白いパターンがあるなと思った。

話は変わるが産業、市場も考察すると面白いことが起こる。
それは何かというと、いくつかの要素が類似すると産業を問わず
同じパターンになるということである。
これは内田和成さんの各著書でも述べられている。
すなわち、このアナロジーという考えすらあれば、
大概問題が起きたときには解決できるということである。

例えば今郵便局で起こっている問題は、問題の内容、人物こそことなるが、
旧国鉄のJR、旧航空のJALでも同じような問題が起きていると言える。

このパターンとも言えることが実は歴史にも多くある。
各々性質の違う人間が同じ時代に生きていて、
それが相乗効果によって大改革をもたらす。また、戦争に至る最悪のシナリオも同じである。
このシナリオはとても分かりやすいのではないだろうか。

1、独裁者がいる
2、資源を強く求めるようになる
3、国際協力を断ち切る
4、すると武器や兵器による行使をする

こういうシナリオを分かっておけば、変更することも可能ではないだろうか。
実は、ビジネス、自己啓発においてもこれらのことは転用できる。

自己啓発においては、先人は大きな成果と失敗を僕らに与えてくれた。
人間関係に悩んだとき。
リーダーシップをうまくとれないとき。
経営で問題が起きたとき。

先人達が経験をしてくれたことで僕らは時間をかけずに大概のことが解決できる。
それ故、本を読むことによって人生を疑似体験することが大いに人生では役に立つ。

しかし、この複雑な社会だからこそ、それだけでは解決できないこともただある。
そのことについてはまた後日まとめたいと思います。

では今日はここらへんで。