夫が亡くなって以来ずっと

世の中で起きることに

まったく興味を失っていた

 

知ってどうなるんだ

夫はいないのに

私の世界は終わってしまったのに

 

そんな気持ちだった

 

さいきん、また

周りのことに

気持ちが向くようになっていることに

気づいた

 

これはある意味進歩?

それとも退化?

 

前と変わったのは

ニュースや新聞の情報を信じなくなったこと

新聞はとっくに取るのをやめた

 

安倍さんが撃たれ

重しがとれたように

(旧)統一教会との癒着

五輪汚職 etc.

戦後からつづく諸々の悪事、陰謀が

明るみに出ようとしている

 

それが私が再び

世の出来事に興味を持つ

きっかけになったのかもしれない

 

夫がいたら

いま日本が大きく変わろうとしていることを

いろいろ話しただろうなと思う

 

振り返ってみれば

この四年間でもたくさん変化があった

 

夫は元号が令和になったことも

パンデミックのことも知らない

 

娘が結婚したことも

犬を飼ったことも

母が亡くなったことも

私の仕事に大きな展開があったことも

 

多くの友と縁を切り

新しい人間関係が生まれたことも知らない

 

たった四年間でこれだ

 

この先、私がどれくらい生きるか

わからないけれど

これが10年、20年……と

積み重なったら

夫が知らないことがどんなに増えてしまうかと

ぞっとする

 

夫が地上で生きていた時代が

はるか昔話になってしまう日が来るとしたら辛い

 

そのうち、私自身の記憶も曖昧になる

 

ヘンな話だけれど

今でさえ

夫が生きていた頃が

一緒に旅行したことが

山ほどの会話をして

毎日まいにち共にご飯を食べていた日々が

果たして現実だったのだろうかと

心許なく感じることがある

 

繰り返すが

たった四年間でこれだ

 

私たちがいっしょに生きていた時代が

そんなに昔にならないうちに

私も彼の地に行きたいと願う

 

これだけは

ままならないことだけれど