昨日ぐったりしてしまってすぐに寝てしまった。だから今日2日目を振り返りたいです。

まずは宇都宮からインターまで向かうために大通りでスケッチブックを掲げていた。
宇都宮の人はほぼ全員と言っていいほどこっちのサインに対してリアクションをしてくれた。
乗せてあげたいけど方向が違うんだよね、ごめん!っていう風に。
それだけでもノーリアクションを比べたらすごく嬉しかった。

結局、大通りではダメで餃子屋のおばちゃんや信号待ちのおにさんにヒッチハイクできそうな場所をいろいろと聞いてようやく昔やんちゃだった風の若い夫婦が乗せてくれた。

まん喫をでて4時間後、待望の5台目。
下道の難易度は高い。笑

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ここで止まってくれました!

若い奥さんは旅好きでヒッチハイクだけはやらなかったもののぼくと同じでかなりいろいろな場所を弾丸で旅をしていたらしい。
ぼくの旅をしたいウユニ塩湖や前にいった台湾の九份の話でめちゃくちゃ盛り上がった!
やはりの共通の話題が旅だと話は尽きない。

「ヒッチハイクは今しかできない事だから。やって正解だよ!」と旅の背中を押してくれた。

帰り際にダンボールからプレモルを4本も出して「次に乗せてくれた人に渡しな」と言ってぼくにくれた。


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降ろしてくれた場所はインターの前にある最後のコンビニでチョイス完璧だった。

そのおかげで6台目を10分せずに捕まった。
乗せてくれたのは茶髪の若いそうに見えるおじさん。
見かけによらず3人の子供持ちでぼくと同い年くらいの息子さんがいるようでそれで乗せてくれたみたい!
仕事は冠婚葬祭関係で今の仕事に就くまで20以上の仕事を転々としていたようだ。
しかし、結婚をきっかけに本当で人生と向き合うと決めてそこから色々と人生が変わっていったらしい。今の仕事は震災で前の会社が潰れてしまったことがきっかけで縁あって就いたんだけどこれの仕事は天職だと思うよと話してくれた。

こうゆう怒涛なジェットコースターみたいな人生も面白い!

彼は人生を漢字1文字で表すなら「縁」と言った。

ここでヒッチハイクを拾ってぼくと出会ったことも縁だし、今の仕事も縁で出会った。

何が腑に落ちたようでかっこいいなぁって思った。ちなみにぼくは「縁と運」が人生なんじゃないかぁって思ってます。

この人の言ってくれた言葉で一番響いたのは「失敗を失敗と思わなければそれは失敗じゃない。25歳までは無茶しまくれ!」という言葉だった。

何事にも守りに入ってた自分にはドンピシャで足りていない部分だった。攻めて生きよう。

長くなりそうなので後半に続く!
今日3日目終わっちゃうのに書くペースのもままで大丈夫かな?笑



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おまけ。空が綺麗。in宇都宮


昨日の失敗を含め、今日は朝早くからヒッチハイクをスタートした。

いろいろな情報から「とにかくヒッチハイクは笑顔と熱意」とのことだったのでとにかく笑顔でスケッチブックを掲げた。

しかし、ここで重大なミスに気づく。。。

あれ?ここのインター東北向かわなくね?

致命的なミス!

夏の猛暑で体がボロボロだったのに精神的にもボロボロにさせられた。

つか、日本の夏暑なりすぎ!
まだヒッチハイク成功してないのにTシャツ2枚も変えてるよ。ペットボトルの2本消費。

いろいろ場所を変えて挑んでみたがどうも上手くいかない。90%以上は30分以内に捕まるんじゃなかったの?とかグチを言っていたが後々気づいたんだけどヒッチハイクは場所決めが最も重要な要素の一つと言っても過言じゃない!

それに気づくのに1日かかりました。笑

いや、1台目はコンビニの前というサイコーの場所決めをしたんだけどね。笑

ここでおれを乗せてくれたのは中年夫婦と優しいそうなおばあちゃんでした。

とにかく東北に繋がってるインターまで行かなちゃでインターから別のインターに連れてってくれた。

始めてのヒッチハイク成功でテンション上がりっぱなしでした。笑

帰り際におばあちゃんがペットボトル2本をくれた。これはひじょーに助かります!

てか、親切すぎんだろ!
1番始めのヒッチハイクでまじでちょっと泣きそうになった。

2台目は大学4年生の女子大生とそのお母さんが乗せてくれた。

これもめちゃめちゃ捕まえるのに苦労した。
今思えばヒッチハイクしている場所と行き先の書き方がいけない。
んま最終的には「少しでも北へ」とかいうわけのわからない行き先を書いて止まってもらった。笑

2人とも気さくで明るく話をしてくれてとても嬉しかった!やっぱり、ヒッチハイクに乗せてくれる人は全員いい人かもって感じるほどだった。

最後に何か持ってってといってウエットティッシュをくれた。これもめちゃめちゃ助かります。笑

3台目は群馬ナンバーの中年夫婦だった。
2台目に下ろしてくれた人たちの場所がよかったおかげかすぐに3台目が捕まった。

この2人もとても優しい人で一見無口ようだったけど最後にはずっと喋りっぱなしで「群馬で困ったことがあったらすぐに連絡しな!」って言ってくれてまたも泣きそうになった。笑

アイスとカレーパンもご馳走になってしまった。

この家族の話は衝撃的だった。うちの家族今人生最大の危機なんだよっといって以下のことを話してくれた。
①裁判員制で選ばれそうになる。
②車のボンネットに岩が投げつけられる。
③弟が警察のお世話になって最終的には裁判沙汰になる。

こんなことを笑って、今会ったばかりのおれに話してくれた。強く生きていた。
これがヒッチハイクの魅力かと思った。

普段なら絶対に会うことが出来ない人生を歩んでいる人に会える。

ヒッチハイクすげえとひしひしと感じた。

4台目はPAで会ったスーパーおじいちゃん。
この人は凄腕の建築家だったらしい。
家族の話、自分が若い頃の話、仙台の七夕祭りの魅力、たくさんの話を聞かせてくれた。

おじいちゃんは道を間違えたからと言って自分の家とはだいぶ遠回りして宇都宮まで送ってくれた。

乗せていただいた車:4台
親切にしてくださった方々:8人

全員、とっても親切でいい人たちでした。

明日もいい出会いがありますように。
8/1から無事夏休みとかいう学生の特権を手に入れることができました。

テスト勉強と塾講師のバイトの夏期講習とで大学生らしい忙しさ(笑)を発揮して色々バタバタしていました。

が!とうとうぼくの夏がはじまりました。

今年の夏は、、、
ヒッチハイク!!!!!!

3年の夏はインターンだろ!
って1年生の頃は思ってたけど幸い1つだけ受けたインターンが筆記で落とされたので晴れて念願のヒッチハイクに挑むことにした‼︎

日本一周したおれの友達の話によるとヒッチハイクは思ってるよりめっちゃイージーらしい。だったら東南アジア1人旅で培った旅では1.7倍になるコミュ力で余裕だろ!って思ってた。

しかし!ヒッチハイクとかやはりそんなに甘いものではなかった。そもそもスタートが19時という舐めきった始まりですでに周りは暗くなっていた。

とりあえず「ねぶた祭り行く」ことを当面の目標にして今日中に仙台辺りに行けたらいいなーとか思ってスケッチブックに仙台方面って書いて突っ立ってた。

見事に車が捕まる気配がない。。。
場所が悪いかなーと思い、ちょいちょい移動しながら様子を伺ったが一向に捕まらない。

車の中でおれを見て笑ってる若者が目を合わしてくれないおじさん。心は折れなかったけどヒッチハイクは遊びじゃねえ、一種の修行だなってすんごく思った(笑)

スケッチブックの文字を
仙台方面→栃木方面→北へとドンドンハードルを下げていったが全く効果はない。

1時間近く経って近くの地元民に話を聞くとココはヒッチハイクする人は多いらしいが捕まっているところを見たことがないと言っていた。

。。。


場所と時間帯をミスった。
ヘタこいた。


初日から苦汁を飲んだ。
こうしておれの人生初ヒッチハイクの旅は始まった。

心が折れない限り続けます。。。笑
先週末たまたま機会があってノーベル賞受賞者の山中教授の講演会があった。
ぼくも理系の端くれ、これは聞くしかない!

正直、iPS細胞のこととか山中教授のことはぼんやりとしたことしか知らなかった。
(理系とか言ってごめんなさい。。。)
けど、再生医療には興味はあって、というよりSF映画が大好きでその影響がある。

講演会は山中教授だけではなくて、他にも3人の教授の話を聞いた。
細胞の超急速冷凍による保存法とか糖尿病に対する新しい角度からの治療法とか話自体はとてもニッチで専門的な話だったけど、素人のぼくにもわかりやすかった。

やっぱり、アタマのいい人は話もうまい!そしてめちゃめちゃロジカルに話をする!支離滅裂なぼくも見習うべきところがたくさんありました。

講演会で一番惹かれたのはやっぱり山中教授の話だった。これからの20年でiPSがどう利用されていくかという話。1つ目は全く新しい医療の確立。2つ目は医薬品への応用。3つ目は学者以外のサポーターに対する支援と環境づくり。どんな臓器の細胞にも分化できる細胞とか最強じゃん!って思っていたけどやはりコスト面とか生成するまでの時間が長いことなどまだまだ問題は多いらしい。

だけどあと20年もしたら医療のカタチはきっと劇的に変化しているだろう。

理論的には現時点でもクローン人間とか脳無人間とか作れる技術があるってびっくり。
まじでSFじゃん!

でも一番驚かされたのは司会進行をしていた桝太一アナウンサーだ。
ZIPの司会くらいの認識しかなかったけど、パワポの不調で講演が止まったときもパネルディスカッションで頑固そうな観覧席のおじちゃんからの質問にもすごく柔軟な対応で場を沸かして円滑にまわしてた。

「これが人間力か。」って思った(笑)

僕はどこにでもいる大学3年男子です。
ざっくり今までの人生を要約すると

生まれる

保育園、いつも泣いてばかりの人見知りシャイボーイ

小学校、いとこの影響で剣道をはじめる。球技全般は苦手だが友達はわりと多く正義感は強かった。

中学校、友達の家でスマブラばかりやっていた。はじめて彼女ができるが1ヶ月で別れる(笑)一応剣道部部長。

高校、友達は多くなかったが体育祭では応援団をやったり、文化祭ではクラスの劇をまとめたり、それなりに充実した日々だった。部活が週6で部長として自分なりに頑張ったが都大会2回戦敗退で引退。受験は目標は高かったが結果は私大に収まる。

大学1年は学歴コンプレックスで意識高い系(笑)なNPOに所属したり、大学で一番大きなサークルとスポーツチャンバラ(笑)サークルに入る。いろいろな意識高い系イベントにも参加。

大学2年、不安に駆られて意識高い系になっても意味が無いと気付き、打算的なNPOをやめ、ウェーイ系のサークルにも生産性を感じずやめる。まさに中だるみの時期。

大学3年、とにかく自分のやりたいことを、今しかできないことをとことんやろう!
つかおれ、人に伝える力全然なくね?ブログでも書いてアウトプットの習慣つけるか!イマココ。

んま愚痴とどーでもいいことしか言わないかもなので流して下さい。
最後まで読んで下さりありがとうございましたァァァァァァァァァ!