合同指導・ゼミと、ひたすら先生や他の学生にボコボコにされ続ける怒濤の一週間が終わり、疲れが出たのか、今朝はちょっと体調が悪かったので、ひたすら寝ていた。午後は完全に復活した。落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。
さて、今日は軍事支出(あるいは防衛支出)と社会支出の関係について。日本史に詳しい人は、「吉田ドクトリン」という言葉を聞いたことがあると思う。吉田ドクトリンは人によって定義が異なるけれども、ここでは経済成長を重視して、軍事的には軽武装という政策ということにしておこう。吉田茂の外交政策を評価する人は、この吉田ドクトリンが戦後日本の急速な経済成長を実現させたのだ、なんて主張したりする。
この吉田ドクトリン肯定派の主張のロジックは、大砲とバターのトレードオフ・モデル(guns and butter trade-off model。guns versus butterとも)に通底している。このモデルは要するに、軍事支出と社会支出はトレード・オフの関係にあるよ、と述べている。軍事力に国家の予算を投じてしまえば、その分社会福祉部門への支出は減ってしまい、その結果市民が享受できる福祉も減少する(経済成長も鈍化する)、というわけである。こういう考え方はずいぶん昔からある。
さて、このguns and butter trade-off modelであるが、意外にもエビデンスは乏しい。古くはBruce Russett(1982)やAlex Mintz(1989)が、アメリカの防衛支出と衛生や教育といった社会支出にトレード・オフ関係があるのか調べているが、いずれの研究でもモデルが示唆するようなトレード・オフ関係は支持されていない。より最近の研究であるHeoとBohteの研究でも、guns and butter trade-off modelを支持する結果は得られていない(Heo and Bohte 2012)。CarterとPalmerは、もう軍事支出と社会支出にトレード・オフ関係はないことを前提にして分析しており、非民主国は民主国と比べて、戦時中は軍事支出をより増やすけど、戦争が終わればすぐ軍事支出を減らす、社会支出は戦時中はかなり減らすけど戦争後はすぐ増やす、という彼らの仮説を支持する結果を得ている(Carter and Palmer 2015)。まとめると、guns and butter trade-off modelは、経験的に支持されていないと言える。
もちろん、上記の研究は分析の単位が国家や特定の一カ国(アメリカとか)であって、日本ではない。管見の限りでは、日本を分析の単位とした計量分析を見たことがない(おそらく、防衛費にGDP1%の制限があって、分散がほとんどないためだろう)。なので、もしかしたら吉田ドクトリン肯定派の主張するロジックが日本では働いているのかもしれないが、経験的に確かめることは難しい。とはいえ、実証的根拠の無い主張を無批判に受け入れることはあってはならない。
Carter, J., & Palmer, G. (2015). Keeping the schools open while the troops are away: Regime type, interstate war, and government spending. International Studies Quarterly, 59(1), 145-157.
Heo, U., & Bohte, J. (2012). Who pays for national defense? Financing defense programs in the United States, 1947- 2007. Journal of Conflict Resolution, 56(3), 413-438.
Mintz, A. (1989). Guns Versus Butter: A Disaggregated Analysis. American Political Science Review, 83(04), 1285-1293.
Russett, B. (1982). Defense expenditures and national well-being. American Political Science Review, 76(04), 767-777.
さて、今日は軍事支出(あるいは防衛支出)と社会支出の関係について。日本史に詳しい人は、「吉田ドクトリン」という言葉を聞いたことがあると思う。吉田ドクトリンは人によって定義が異なるけれども、ここでは経済成長を重視して、軍事的には軽武装という政策ということにしておこう。吉田茂の外交政策を評価する人は、この吉田ドクトリンが戦後日本の急速な経済成長を実現させたのだ、なんて主張したりする。
この吉田ドクトリン肯定派の主張のロジックは、大砲とバターのトレードオフ・モデル(guns and butter trade-off model。guns versus butterとも)に通底している。このモデルは要するに、軍事支出と社会支出はトレード・オフの関係にあるよ、と述べている。軍事力に国家の予算を投じてしまえば、その分社会福祉部門への支出は減ってしまい、その結果市民が享受できる福祉も減少する(経済成長も鈍化する)、というわけである。こういう考え方はずいぶん昔からある。
さて、このguns and butter trade-off modelであるが、意外にもエビデンスは乏しい。古くはBruce Russett(1982)やAlex Mintz(1989)が、アメリカの防衛支出と衛生や教育といった社会支出にトレード・オフ関係があるのか調べているが、いずれの研究でもモデルが示唆するようなトレード・オフ関係は支持されていない。より最近の研究であるHeoとBohteの研究でも、guns and butter trade-off modelを支持する結果は得られていない(Heo and Bohte 2012)。CarterとPalmerは、もう軍事支出と社会支出にトレード・オフ関係はないことを前提にして分析しており、非民主国は民主国と比べて、戦時中は軍事支出をより増やすけど、戦争が終わればすぐ軍事支出を減らす、社会支出は戦時中はかなり減らすけど戦争後はすぐ増やす、という彼らの仮説を支持する結果を得ている(Carter and Palmer 2015)。まとめると、guns and butter trade-off modelは、経験的に支持されていないと言える。
もちろん、上記の研究は分析の単位が国家や特定の一カ国(アメリカとか)であって、日本ではない。管見の限りでは、日本を分析の単位とした計量分析を見たことがない(おそらく、防衛費にGDP1%の制限があって、分散がほとんどないためだろう)。なので、もしかしたら吉田ドクトリン肯定派の主張するロジックが日本では働いているのかもしれないが、経験的に確かめることは難しい。とはいえ、実証的根拠の無い主張を無批判に受け入れることはあってはならない。
Carter, J., & Palmer, G. (2015). Keeping the schools open while the troops are away: Regime type, interstate war, and government spending. International Studies Quarterly, 59(1), 145-157.
Heo, U., & Bohte, J. (2012). Who pays for national defense? Financing defense programs in the United States, 1947- 2007. Journal of Conflict Resolution, 56(3), 413-438.
Mintz, A. (1989). Guns Versus Butter: A Disaggregated Analysis. American Political Science Review, 83(04), 1285-1293.
Russett, B. (1982). Defense expenditures and national well-being. American Political Science Review, 76(04), 767-777.