最近、欧米諸国で多発するテロリズムが紙面に賑わせており、その多くにおいてイスラム国(ISIS)との関係が指摘されている。これを「文明の衝突」と捉える人も多いようである(文明の衝突+ISISでググると、2016年8月9日には11万7000件ヒットする。ISISと文明の衝突を絡めた評論もある)。過去に遡れば、2001年の9.11テロが発生した時、これを「文明の衝突」の一例と捉えて、ハンチントンの予言が当たったかのように騒がれたそうである。

「文明の衝突」はサミュエル・ハンチントンの造語で、ものすごく単純に言うと、文明間では国家間紛争・内戦・テロリズムといった紛争が起きやすいという考え方である。ハンチントンは現存する文明として、西欧文明、ラテンアメリカ文明、ヒンドゥー文明、東方正教会文明、イスラム文明、中国文明、日本文明(+アフリカ文明)を挙げている。東西のイデオロギー対立が終わった冷戦後は、これらの文明が紛争の大きな要因になるだろう、というのがハンチントンの議論である(Huntington 1997)。

学部時代に、集英社新書の『文明の衝突と21世紀の日本』を読んで、「へー、そうなのか。文明とかよくわからんけど」と思ったものだが、「そういえば『文明の衝突』の議論って、今はどうなってるのかな」と気になった。「文明の衝突」が批判される時、「ハンチントンの文明に対する理解は誤っている」とか「文明を区切る基準がよくわからない。なんで中華文明と日本文明は分かれてるの?」とか、理論的・概念的な批判がよくされる。それはそれで重要なのだが、同時に重要なのが、そもそもハンチントンの議論を支持するエビデンスのはあるのか、である。

ハンチントンが「文明の衝突」を提起し始めた1990年代以降、ハンチントンの主張を計量分析でもって検証しようという論文がいくつか登場した。そして、それらの論文は総じて、少なくともハンチントン版の文明の衝突議論を支持するエビデンスは存在しないという分析結果を報告している。

最初期に発表された実証研究は、Russett et al.(1998)であろう。この論文は、ハンチントンの文明の地理的な定義に基づいて文明ダミー変数を構築し、1950年から1992年において、このダミー変数が国家間紛争に影響を与えるのかどうかを検証している。彼らは、文明ダミーが国家間紛争に与える影響は統計的有意ではないという分析結果を報告している。ハンチントンは「冷戦期以降、文明の衝突によって紛争が増える」と主張しており、Russettらデータがほぼ冷戦期であるから文明の衝突論を支持するエビデンスが得られないかもしれない。しかし、タイムスパンを2000年まで拡張したChiozza(2002)においても、文明の衝突論を支持する分析結果は得られていない。HendersonとTucker(2001)では、冷戦期以前においては、むしろ文明内での方が文明間よりも紛争が起きやすいという分析結果すら得られている。

もちろんこのことは、言語やエスニシティといった文化的な差異が、国際政治において重要な役割を果たしていないことを必ずしも意味しない。例えば、今日読んだBuhaug et al.(2014)は、エスニック・グループ間で経済的不平等が生じていると内戦が起きやすいという議論をしている。彼らの研究は、これまでの研究でinconclusiveな結果しか得られていなかったエスニシティと内戦の関係について、新たな知見を提供している。文化が国際的な現象に与える影響については、今後も様々な研究が行われるだろう。

だが、(少なくともハンチントン版の)文明という変数は、理論的な改善が見られたり、ハンチントンの議論を支持する強力なエビデンスが発見されない限りは、国際政治学においては当分注目されることはないだろう。研究者として憂慮すべきは、このようなエビデンスが無いような議論が、いまだに世間一般的には力を持ってしまっている、ということだろう。

Buhaug, H., Cederman, L. E., & Gleditsch, K. S. (2014). Square pegs in round holes: Inequalities, grievances, and civil war. International Studies Quarterly, 58(2), 418-431.
Chiozza, G. (2002). Is there a clash of civilizations? Evidence from patterns of international conflict involvement, 1946-97. Journal of Peace Research, 39(6), 711-734.
Henderson, E. A., & Tucker, R. (2001). Clear and present strangers: the clash of civilizations and international conflict. International Studies Quarterly, 45(2), 317-338.
Huntington, S. P. (1997). The clash of civilizations and the remaking of world order. Penguin Books India.
Russett, B. M., Oneal, J. R., & Cox, M. (2000). Clash of civilizations, or realism and liberalism déjà vu? Some evidence. Journal of Peace Research, 37(5), 583-608.

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