12/23(木)1330
友の会の当選でA席8列目センター寄り下手で拝見しました。銀橋に並ぶ天寿さんの真正面(←だいじ)でホクホク。
今年最後の観劇を終えた友人たちからのLINEで、『ヅカ納め』という言葉を聞き、すてきなご挨拶と思ってました。
そして今日、私も今年のヅカ納めとなりました
1/5の兵庫雪組『フォルティシッシモ』から始まって、今日の東京星組まで。
10回以上の西への遠征を含め、宝塚だけでもなん回観劇できたことか。(卒業後の望海さんや彩凪さんの公演もありました)チケットの神様と、自分の仕事と健康と、家族にも感謝です。
そして今日の観劇ですが、今回星組で一番の収穫は、顔がわかるようになった生徒さんが増えたこと。鳳真斗愛くん、稀惺かずとくん、天飛華音くん、堀家の女たち、研一さんの107期生もたくさん見つけました。
申し訳ないほどですが 、今さらですが、天華えまくんもしっかり認識しました。
愛月さんの最後の舞台をじっくり観られたのも幸せでした。芝居では、ファンのかたが望んでいた(…?かもしれない)王子様の役ではなかったものの、渾身の芦名銅伯を堪能しました。やはりこのラスボスは今の愛ちゃんでしか実現し得なかったでしょう。
ところで、ゆらの母親がどんな女性なのかが気になりました。ゆらが刺されたとき、「ゆらはただの人だ。」(→だから刺されたら死ぬ)と銅伯が言ってたので、空中から現れた生霊でもなく、化学的に合成された命でもなく、普通の出産で生まれたのかと思います。あまりに母親の影がないので超生命体かと思いきや、「ただの人」なんですね、、、父親の銅伯は(双子の存在があるにしろ)不死身の体と言ってましたし、108歳という年齢設定も、ちょっとアヤカシの世界に片足踏み込んでる気がします。おそらくは母親は出産後に亡くなり、銅伯の手で文句を言わない道具として育てられた。感情のないアンドロイドのようだったゆらが、十兵衛と出会って人間として目覚めていく、その物語が裏ストーリーのように思えました。
2階席からでしたので、モアダンはフォーメーションを堪能しました。
私の右隣がそこそこ観劇に来ている方が初心者の方をお連れしたといった二人連れ。舞台が進行中に出演者についてちょいちょい解説を入れるのが、失礼ながらうっとうしい…せめて幕間か、終演後にしてほしいと思いながら、(違うよ)と、突っ込みを入れたくなる迷走ぶりで
そこそこさんが終演後に「まぁ、こんな感じなのよ」(←どこ目線?)と結ぶと、初心者さんは「ゆっくりなのね~」との感想。ほぉ?今回は古き良き宝塚でしたから、あながちはずれてはいませんね。初心者さんの感想は率直で、傾聴に値します。
男役さんたちはこの作品に対して、宝塚で何がやりたかったかとか、初心に戻る作品と言っていた方もいましたし、男役として憧れていた振付がいっぱいで本当にカッコいいというかたも。男役を男役たらしめてきた「型」が詰まっているんですね。伝統を受け継いでいく、宝塚そのもののような作品なんだろうなぁ。古いものも悪くない。しかーし、あのパレードの曲は何度聞いてもやっぱりしまりませんね
劇場を出て振り返ると、町はすっかり年の瀬ムード。
一年間よく通いました。
また来年も来られますように!