ここ数日、
『いのち』とか『生きる意味』『生まれてきた意味』とか
人として生きるってどういう事なんだろう。と
深く深く考えています。
毎日を愉しく幸せに
嫌な事はなるべく少なく
気持ちも物質的にも豊かに
満たされた生活をしたいのはきっとみんな同じ。
だけど現実は
辛かったり苦しかったり理不尽だったり
嫌な目にあったり痛みを感じたり
望むようにいかなかったり不自由だったり
満たされない事の方が多い。
過酷な人生になると解った上で生まれてくる命もあって
そういう人生をその魂は選んで生まれてきているのであって
その魂はその人生でクリアしたい課題に向かうと決めていて
だから、その人じゃない他人が
その人を可哀想だとか
その人の人生を決めつけちゃいけない。
生まれた時から過酷な人生が始まるのだとしても
可哀想だと思うのは傲慢な事だ。
端から見て過酷に思えるその人生を
その魂は選んできているのだから。
その人生を歩める強さを持って生まれてきているのだから。
わたしは今、
そういう『いのち』と向き合っていて
改めて自分の人生も見つめ直しているところ。
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図書館で貸りてきました🎵
まだ読み途中ですが、
「本当に複雑な物事を理解するには、時間が必要なんだ。読んだ瞬間に理解したと感じたなら、それはもともとわかっている事を確認しただけの作業さ。大切な事柄は、あとからお前の人生に追いついてくる。」
「ただ、知識や思想に飲まれすぎてはいけないよ。最後にお前を支えてくれるのは、書物の言葉じゃない。お前が直接経験したことや、実際に出会った人の言葉なんだから。」
という文章が心に刺さりました。
学んで「知識」だけを詰め込んでも
本当には「解って」いない事が多いのだと改めて痛感。
まさに今、私が向き合っている『いのち』の事とも通ずるものが。


