私は優しいと言われることが多かったし、自分でも優しいのかもしれないと認めることができるようにもなった


だけど、その優しさ故の苦しみがたくさんあった


心痛むことも多く、抱えきれなくなってしまったり、優しさに甘えられて搾取されてしまったり、優しさが裏目に出てしまったり



本当の優しさってなんだろうってたくさん考えて試行錯誤してきた


優しさを見せないことがこの場では必要だとか、搾取してくる人には線を引くとか、、、



優しさもコントロールしないと、良いものにも悪いものにもなってしまうと


そうやって、私の中の男性性みたいな存在は私の優しさが人のために生かされるようにがんばってくれた


生かされるためにどうしたらよいか適宜判断し、見極め、たくさん試行錯誤してくれた



それは本当に有難いことだし、そのおかげで、私の優しさを有難く受け取ってくれる人、喜んでくれる人、癒されたと言ってくれる人にもたくさん出会えた


そして、今、その先に行く時なのかも


その先の望みが見えてきた



私は私(の男性性)に私の優しさを守ってほしかったんだ


そして私の優しさを守ろうとしてくれる人に出会いたかったんだ



優しさが生かされること、優しさを搾取ではなく正しく受け取ってもらえること、それはとても嬉しいことだけれど、でもそれ以前に、私の優しさそのものの存在を守ってほしい


どう生かすかではなく、どう役に立つかではなく、ただひたすらに守ってほしい


うまく言えないけど、私の優しさそのものを芸術品のように大切に守り、壊れないように守り、鑑賞する感じ(?)


芸術品を鑑賞するっていう感じが一番近いかもしれない


私の優しさの存在を芸術品として鑑賞し守ること、それが私(の女性性)から私(の男性性)が優しさを受け取ることであってほしいし、それが私の優しさを本当に受け取る唯一の方法だと今は思う



私の優しさをどう生かすか、試行錯誤し、コントロールする段階は卒業して、ただその存在そのものを守り愛でることだけでいい


それだけで、私の優しさは安心することができて、自然と自動調整(自動コントロール)機能が発動すると思うし、守られているから人から無闇に害されたり利用されたりすることもない



私の優しさは守られたかったんだってわかった


守ることを通して受け取ってもらいたかったんだ


それが私の優しさの性質だし、それでしか本当の優しさは渡せないと思えてきた


つまり、究極的には、私の優しさの存在を認め、守り、愛でる人しか私の優しさは受け取れないということ



今はそう感じる


だからまず、私の中の男性性にそうあってほしいと思う


男性性の"生かそう"とする並々ならぬ努力があったからこそ、開いた扉だとわかってる


そこに感謝しながら、もう生かそうとしなくていいと伝えたい


ただ守り、大切な美しい芸術品として愛でてほしいと



そして私の優しさを正しく受け取ってくれる人だけでなく、私の優しさそのものを守りたいと思い守ろうとしてくれる人、守ることを通して受け取ってくれる人と共に生きたいと


私の優しさは安心したかったんだ


優しさがずっと脅威に晒されている気分だったんだなぁ



そんなわけで(笑)、来年のキーワードは「安心」「緩み・柔らかさ・自然体」「美」「芸術」「自動調整」「守る」「BLISS」そして、ちょっと前の記事にも書いた「自由」


以前のキーワードと同じものもありますが、また少し意味合いが違ってきてるかなと思います




今年もブログ「春礽」を読んで下さってありがとうございましたおねがい


良いお年をお迎えください