何事にもオープンマインドで望むことが成長とするならば

それがとても危険なことであることも考えておかなければならない。

オープンマインドでプラスを学び取って蓄積するのならばいいが

マイナスを学んではプラスを忘れていくことも多々あり。

それを繰り返すのが成長かもしれないけど。

人の世はそんなところが本質かもしれないけれど。

企業に属していると感じることはたくさんありますが、

とても宗教や国に似ていると思うところが強いです。

かつての戦時中の日本人。

「お国のために」と死んでいった人間と

国の意向に背き必死で徴兵を免れた人間と

どちらが正しかったのだろうか。

どちらが肉体的に精神的に安寧だったのだろうか。

どちらが評価されたのだろうか。

どちらが幸せな人生だったのだろうか。

北朝鮮で忠誠を誓っている人間や脱北者にも

また同じようなことが言える。

脱北を正義としながらも、現実にしばりつけられる人間がどれだけいるか。

ところで、その現実って何なんだろう?

絆? 人脈? つながり? 積み上げてきたもの? 自分を安定させるもの?

その国で、その世界で賛同する、評価する人間が多ければ

それが現実なのだろうかと、いまいち納得のいかない説明で自分を諭す。

国が年金を払わないとか

真面目な人間や、将来のことを考えている人間が否定されたとき

悲劇はきっと訪れるでしょう。間違いなく。



キリスト教の信者は、聖書の全てに賛成なのだろうか。

断食を医学的な切り口で見てみるとどうなのか。


疑問を投げかけるスタイルは自分を正当化させる良いツールとなります。

広い目を持った、大きな人間になりたいものです。