満を持して彼女はイギリスに嫁ぎました。
タカコ・エストラーダの嫁ぎ先、
ロンドンのタウンハウスとイーストサセックスにマナーハウスを所有するバークレー家。バークレー家はそこその家ではありました、準男爵くらいの。
イーストサセックスの家は本来の家ですがメイフェアのタウンハウスはアルバート・バークレーが買ったものです。彼が父の代からのプロデューサー業を大きくしてこの家の功労者なのです。
アルバートの母親は、本物の貴族、男爵家の出であり厳格な女性でした。
彼女は嫁を息子の妻として、ハリウッド女優として迎えいれました。
そこで彼女の前からやりたがっていた作品に夫であり、映画プロデューサーのアルバートが取り掛かります。 「南国の女王」フィリピンを亡命したイメルダ・マルコスをモデルにした作品です。豪華な衣装やセットの必要な大作映画です。彼女はハリウッド時代から暖めてた企画なのですが、金がかかり過ぎる点と彼女のオスカー受賞以降のスランプから、みな敬遠してた企画です。 その頃には、彼女の妊娠が確認されており、その安定期に入るあたりに、ふっくらとした彼女の容姿が活かせるとの計算もありました。
この映画は、みなが予想した通り、 大赤字を出してしまいます。
しかし、それは夫アルバートの想定内です。
彼は新妻の願いを聞いてやったのです。
それが彼からの結婚祝いであり、
ヒットは難しいとされてた作品に大金をかけて作ることで、彼の権威と財力を世間へ示すアピールです。赤字になっても
びくともしない彼の財力です。
無事に出産を終えたタカコ。
生まれのは女の子でした。彼女は
タカコ・エストラーダの出世作であるテレビシリーズの主役の名前である、リサと名付けられました。
リサ・バークレー、彼女を祖母は立派なレディに育つように決意するのでした。
タカコに嫁として、バークレー家の女当主としての期待は一切してません。
彼女は息子が連れてきた女優であり、
姑にとっては、ゲストでしかなかったので、孫にそれを託すことにしたのです。
さて、出産を終えたタカコ・エストラーダに夫アルバートから映画の打診が来ます。これはある程度、彼女も覚悟はしていた事です。
そうです。あのヒットシリーズはスパイ役の俳優が降りてしまい、次は新しい俳優がその役を務めます。彼はイギリスではある程度の知名度はありますが、
世界規模ではまだまだです。
そこでアルバートは妻に
ボンドガールの役を打診してきたのです。
オスカー女優がボンドガールをやる、これは前代未聞のことです。
オスカー受賞後、ことごとく作品は失敗し、その後テレビミニシリーズと小作品でささやかな成功はしたものの、前作の大作ではまたも大赤字、これはオスカー女優が魂を売るようなものです。
それに彼女には悪役兼任です。
これは、単なるボンドガールではない深みを出す事でオスカー女優への敬意と
商業的な打算、話題性で新人ボンドの興行的な不安の解消と、悪役とボンドガールを身内で固めてしまう事によるギャラの節約です。
これがあれば前作の失敗など充分に回収されるのです。
一瞬の躊躇はあったタカコですが、
腹を括ります。どっちにしてももう女優としての未来はありません。このままでは小作品でヒロインをやるか、重要な役での主役ではないポジションを続けるか、テレビに戻るしか道はないのです。
役を引き受けた彼女に対して夫アルバート、プロデューサーは意外な指示を出します。
オスカー受賞以降の失敗作やそれに反抗するかのように、演技に打ち込み飾りの女優ではないと誇示してきた彼女のプライドを崩しにかかったのです。
最後の失敗作では、妊婦の状態で太った状態での出演、そして出産。
その全てを消し去るような、徹底的なメンテナンスです。
それを受け入れ、美容メンテナンスを始めた彼女にある変化が生まれました。
彼女の「女」部分に火がつきはじめただのてす。美しくなっていく喜びに理屈はありません。
やがて完成した彼女はかつての若い頃よりも、より完成度の高い、今どき美女に変身しました。ブロンドに染められた9.1で左に流れる前髪からのウェービーな肩まで髪型、
下には何も着けていない真っ白なジャケットにミニスカートスーツで足を左右に大きく開き腰を落として拳銃を構える姿は、とてつもなくクール。
新人ボンドと同格、ものによってはそれ以上にプロモートされたボンドガール兼悪役のその画像は世界中に拡散され
ヴォーグでは特集を組むほど熱狂された
新生タカコ・エストラーダは世界中から熱狂を持って迎えられました。
そして、映画はシリーズ最高の大ヒットを記録します。
映画の歴史的大ヒットを受け、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで開催された世界プレミア。
街中を埋め尽くす群衆と、夜空を焦がすフラッシュの嵐の中心に、タカコ・エストラーダはいました。
そこからが、夫アルバート・バークレーの妻のプロデュースが本格的に始まりです。
彼が次に選んだ作品は本格的な英国式ゴシックミステリー。彼女は今度は髪を地味に染めて、時効前にやってくる犯人に怯える貴族女性が、実は犯人というストーリー。これはイギリスで大ヒットします。
次に与えられた役はアメリカ人外交官の若い妻の役、「No.54」
彼女は失踪した夫がスパイ容疑をかけられて、夫の無実を信じて国際ジャーナリストの男と共に夫の跡を探します。そして、夫の死と無実が分かったところで彼女はそのジャーナリストの男と、レマン湖のほとりのホテルで結ばれます。
そして、その瞬間、彼女は
そのジャーナリストを素早く殺します。
そのジャーナリストの男、インターポールの刑事を。
彼女はいつもどんな服装の時でも唇の色を変えなかった、レブロンの54。
この赤はあの赤だった…
任務を遂行した彼女はアエロフロートに乗り込み国に帰る、その先がシベリアだとも知らずに…
この映画は世界中でヒットします。
そして、世界中が叫びます、
2回も彼女に騙されたー!!!
そして、次回作。今度はフランスが舞台です。夫のフランス銀行頭取が誘拐されてしまった妻の役。2作目があまりにヒットしてしまったので、観客はどうせ、また彼女が犯人だろうと思ってしまいました。騙し三部作を考えてたアルバートは犯人を別の銀行の人間に変えました。その犯人があまりに地味な流れだったので意外性も薄れ、途中変更のためストーリーも破綻気味のこの作品は失敗してしまいました。
フランス以外の国では。
フランスではタカコ・エストラーダがハリウッドに移って以来初めての日本人役だったので、その黒髪や黄色のジャケットがエキゾチックでカッコいいと
ヒットしたのでした。
それはヨーロッパに移ってからは
作品、ストーリーありきでヒットを続けていた彼女にとって、初めての
彼女だからのヒット、つまりスター誕生です。
それまで、かつての失恋の痛手の反動で
これ見よがしに結婚したタカコ・エストラーダ。夫への感情は愛というより
完全なビジネスパートナーでした。
オスカー受賞後の全ての映画の失敗、
そして失恋という地獄から救い出してくれたのは、他でもないこの夫アルバート・バークレーでした。
彼女はそんな夫に感謝さえすれど
愛は感じてませんでした。
そんな彼女の事を彼は事あるごとに責め続けます。
そうした彼も他に女を作り遊んでいるようでした。
そんな彼に嫉妬もできない自分に嫌気をさしながら、彼女は心の中でいつも謝っていました。
ごめんなさい、バークレーさん。
そう、彼女は結婚しても夫の事を心の中ではバークレーさんと呼んでいたのです。
自分がバークレー夫人だと言うことに気づかずに…
一方で夫アルバートはプロデューサーの目でフランスで起きた事に注目してました。
「いよいよ、機は熟した、彼女の完全主役の世界的合作大作を作ろう」
と。
彼の頭の中には世紀末のウィーンに明治維新の日本からやってきた外交団のひとり外交官夫人と
クリムトとの悲劇的な秘められた恋愛ストーリーを考えていたのでした。
この作品は、イギリス、オーストリア、そして日本の合作映画になる予定でした。
制作準備に取り掛かり、いよいよ制作発表の段階で、あるトラブルが起こりました。製作発表のために予め用意、発注してた本編でも使う届いた衣装のケースを開けてみると、なんと全て真っ白だったのです。何かのミスで結婚披露宴の衣装になってました。
真っ青になった衣装係を見たアルバートは笑い出しました。
「よし!これで一本映画を作ろう!」
えーー?!
「大丈夫だ、このトラブルには保険も降りるし、あちらのミスだから違約金も出る!これで大作造り前のオーストリアスタッフとの親睦映画だ!」
制作費は保険賄い、出た利益は本編「世紀末の恋」に使い、作品をよりスケールアップさせようとするアルバートは抜け目の無いプロデューサーです。
そして、このおふざけで小さな映画は制作されました。
おふざけ内容は、実際のアルバートとタカコ・バークレー夫妻の浮気の駆け引きを自虐的に模したヨーロッパ風な洒落たパーティ映画です。
これにはみんな大ノリでふざけ合って楽しく作られたました。
映画はオーストリアではヒット!
ヨーロッパの人気女優タカコ・エストラーダが主演ですので。
いよいよ、「世紀末の恋」の制作発表です。
日本からの出演者も到着しました。
タカコ・エストラーダの夫役には緒形拳、
タカコに最後まで付き添い侍女の役には左幸子。
そして、クリムト役にはオーストリアの二枚目俳優、フリードリッヒ・クネフ。
それぞれの国ではスターであり演技もしっかりした俳優たちですが、
国際的にはまだこれからの俳優たちです。
そこにはアルバートの計算がありました。
この作品は、妻、タカコ・エストラーダのための作品です。国際派スターは彼女1人で充分なのです。
まず、冒頭のシーンで日本から到着したタカコ中心とした女たちの着物は全員深く鮮やかなブルーの着物です。
漆黒の豊かな髪を日本髪に結いあげた鬘に、アイラインをキツめに入れ、真紅の口紅をつけたタカコ・エストラーダは誰が見てもゾクゾクするほど美しい。
そして、その美しさに魅了されたのはスタッフだけではありません。 タカコの相手役のフリードリッヒです。
そして、そして、2人は恋に堕ちてしまうのです…。
タカコはあの失恋から、やっと回復したのです、夫アルバートのおかげで…
フリードリッヒは決して恋に堕ちていけないプロデューサーの妻でしたが、その毒々しまでの妖しい美しさに諍うことは出来ません…
その妖しい恋はそのまま映画に反映され、 映画は美しく仕上がりました。 しかし、その恋が周りに分からないはずはありません。 マスコミがかぎつけました。そしてそれは一大スキャンダルへと発展していきます…
やがて、当然のように夫アルバートの耳にも入ります。撮影中はなんとか抑えましたが、クランクアップと同時に彼は妻に詰め寄ります。
しかし、タカコは言い訳もせず、たった一言「ごめんなさい」と
言い残しその場を去ってしまいます。
アルバートは「インペリアルで待ってる」と妻に伝言を頼み、一晩だけ待ちました…
そして、朝が来て彼は動き出します。
完璧なプロデューサーとして。
アルバートは黙々と映画を仕上げ、 そして、とてつもない傑作に仕上げました。大金がかかっているのです、絶対に赤字にはできません! それが…彼のプロデューサーとしての鎧です…
映画は大ヒットします。 タカコ・エストラーダ最大のヒット作です。 しかしそのヒットの要因は映画の質というより、2人のスキャンダルが要因でした。なので、批評家たちからは冷たく扱われ一部の人たちからは、ふしだらな映画と非難されてしまいます…
そんな中、一つだけ映画祭から賞が送られてる事になりました。 ヴェネツィア国際映画祭、最優秀主演女優賞です。
そのマルコポーロ広場にずっと姿を消していたタカコ・エストラーダがフリードリッヒ・クネフと共に登場したのです。 受賞のスピーチはたったひと言でした。
「ありがとう、アルバート」
その夜、アルバート・バークレーから
離婚届が、ダニエリに届きました…
この後、タカコ・エストラーダとフリードリッヒ・クネフは別れます。2人が公式の場に登場したのがこれが最初で最後でした…
いくら、映画が大ヒットしたからと言ってもヨーロッパにはもう、タカコ・エストラーダの居場所はありません。
彼女はアメリカ・ハリウッドに帰る決意をします…
to be continue…