私は幼少より、喘息で苦しい思いをし、
学校や自宅より病院生活の方が多く
病院から学校へ行き、学校から病院に帰るような
生活をした時期もありました

点滴の管を途中で止め、固定され、テーピングと包帯でグルグル巻きにして学校へ…
戻ってから点滴再開しようも、漏れていて
刺し直し…当時は今みたいな管ではなく
針でしたので…
喘息の発作を起こすと血管が細くなり
それでなくても逃げる血管で未だに嫌われます

その時私を診てくれていた大好きだった院長先生
既に他界していますが、
今の私の主治医は、その院長先生の息子さんで
とても信頼している先生です

何かあると相談、迷惑な患者に間違いないくらいですが
話すだけで安心したり、とても有難い先生です

その先生と先日話していて、
(妹のような子の時も
先生が見付けて紹介してくれた事もあり
かなり気にかけて貰ってる訳ですが)
薬の投与が始まる、治療が始まる
苦しく、辛い。
それを「それだけ効果があるのか!」と思えるか
「こんなに苦しく辛いなら辞めたい」と思うかで
大きく違うと言う話しを聞きました。
治療してる本人は辛く苦しく、耐え難い物で
でも、見てる方からしたら
それだけ効いてるんだからもう少し頑張ろ!
そう、そこです。言うのは簡単

結局、その痛みも苦しみも辛さも分からないから
だから
「健康なあんたに何がわかるの?」
と言うありがちな状態になるのだと

如何に寄り添って、如何に励ましたいのだと伝える事が先決で、
我が身のように思ってるからこそなのだと伝える事の大切さを教えて貰いました

どんなに伝えて、伝わっても、治療してる本人も言ってはいけないと分かってるのに言ってしまう事もあるのだということ、
でも、それも全て受け止めて初めて
「寄り添ってる」と言えるという事

治療をするのは医者でも、努力をするのは患者
それを支えるのが家族なのだと教わりました

当たり前の事なのですが、
見失っていた部分を的確に指摘してもらえ
つっかえていたものが無くなりました

辛く苦しく、辞めたいと体や脳が思っている治療は
患部に効いてるんだと思う気持ちも大切なのだと
そう思える心が大切なんだと

教えてくれた主治医に感謝です



明日からまた、頑張ろう

そう思えます

閲覧が減ってきてる今、
この言葉が届いて欲しい方達に
どうか、歪むこと無く伝わって欲しい



