昔から、誰かのためになる仕事がしたいと思っていました。


人のために何かがしたい。そんな思いだけがありました。


フリーターしながら勉強しつつ、今の仕事に就いたのは4年前。


人のためになる仕事に就くことができたことが嬉しくて。


とにかく、誰かが喜んでくれるよう一生懸命仕事をしようと決意しました。






最初に配属された部署での仕事は、人のために働けば働くほど、人から恨まれるような仕事でした。



一生懸命働いているのに、「人殺し」と言われることもありました。



他人に「人殺し」って言われることって、そうないですよね。



その理不尽な言葉たちに、いつしか心が耐えられなくなっていたようです。



ある日、呼吸がうまくできなくなりました。



朝、意識はしっかりしているのに、体が動かず、仕事にも行けなくなりました。



精神科で不安障害と軽いうつと診断されました。



それが、仕事始めて2年目のこと。



行かなきゃいけないと分かっているのに仕事に行けない自分。


職場の先輩、同僚、後輩。みんな、きちんと仕事しているのに、


どうして自分はこんなに駄目なんだろう。


家を真っ暗にして、一日中コタツから出ずに過ごしたこともありました。



「死にたい」とは思いませんでしたが、「このまま闇に消えてしまいたい」



一日中、ずっとそう思っていました。




自分はいらない人間だ、と、その言葉しか浮かんでこない。



周りの物を殴りつけて、自分を痛めつけて、悲しくて、涙を流していました。



そんな僕に、職場の上司や先輩はいつも暖かい言葉をかけてくださいました。


「仕事しなくてもいいから、出勤して座っていればいいよ」


「午後からでもいいから、来られるならおいで」


「出勤して、みんなと話していて少しでも気分が晴れるならそれでもいい」



仕事ができなくてもいいからみんなの顔を見に行こう。


先輩たちの言葉は、どん底だった僕をそんな気持ちにさせてくださいました。


通院すること2年。ほとんどひどい発作は起こらなくなりました。


いまでも、電話が鳴り続けると動悸がしたり、めまいがしたりします。


それでも、朝仕事に行けなかった頃よりは、はるかにましです。


自分のことをいらない人間だと、そう思ってしまうことはまだあります。


ただ、だからこそ、少しでもいいから、誰かのために頑張ろうと思えるようにもなりました。


僕がいることで、少しでも誰かが「よかった」と思ってくれるなら、僕が生きている意味はあったのだと。


そう、思えるようになりました。



僕はちっぽけな存在です。



たくさんの人を喜ばせる力もなければ、癒してあげる力もありません。



それでも、少しでも、僕に触れることで誰かが元気になるなら。



僕がした、些細なことで、誰かが助かったと思ってくれるなら。



そう思って、僕は僕自身に存在意義・存在価値を与え続けています。



本当にありがたいことに、僕は周りの人にとても恵まれています。



こんな僕を大切に思ってくれる人たちです。



きっと、僕が死んだら、この人たちは悲しんでくれる。



この、大切な人たちを、悲しませるようなことは絶対にしたくない。



だから、どんなに不細工にでもいいから、泥だらけでもいいから、僕は生き続けます。



そう思えます。



たくさんの人に感謝して、これからも、自分にできるほんの些細なことを、



精一杯やっていきます。



みんなが、笑顔で、そして少しでも長生きして、人生を楽しんでくれますように・・・。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13850888


未曾有の大地震から三日。

いまだ、被災地では多くの方が苦しんでいる。

安否の分からない人も多数。

そして、無念にも亡くなられた方も多数。



自分に今できることは募金と節電くらい。


自分の無力さに、悔しくて情けなくなる。



せめて、少しでも苦しんでいる人の心を軽くできればと、スライドを作った。


どうか、みんながまた当たり前のように笑顔になれる日が、一日も早く訪れますように。