来月で47歳を迎えます。


1️⃣

35歳の4月 

子供が生まれた事をきっかけに引越しました。

同時に仕事先も変わってストレスが溜まっていた時の事です。


35歳の10月 

扁桃腺が大きく熱が出やすい体質だった私が扁桃腺の腫れもなく痛みもないのに40度近い熱が出ていました。

翌日、行き慣れていない耳鼻咽喉科に受診。

扁桃腺の腫れもないのに扁桃炎と診断され、「痛みもないし違うと思う」と申告するも先生は聞く耳持たず薬を処方されました。

熱は続き3日目の夕方、立つ事も補水も出来ない状態になっていました。

親に来てもらい何とか這いながら救急病へ到着。←この病院が選択ミスでしたえーん


臨時雇いの先生が診察され結果は「肺炎」。←先生 はネイル、香水を付けてド派手な服(スナックのママの様な※あくまでイメージです)の上に白衣を着ていました。信用出来ない感じの先生でしたがレントゲン撮影をしたのち肺炎なので間違いはないだろうと思い原因が分かり一安心。


「入院をして点滴をすれば直ぐに良くなるよ」と言われてとりあえず入院しました。


6人部屋に私一人しか居なくでうすぎみ悪い部屋へ案内され高熱がある事もあり魘されながら寝ていました。

ロキソニンでは熱が下がらなく座薬も入れてやっと37.5℃位になるのですが4時間で元の熱に上がる事を繰り返していました。


入院から3日経っても変化のない状態に妻は先生へ違う病院へ移す様な相談をしていたそうです。

先生は、病院を移ることは拒否。投与の薬を変えてみるとの事。


その、翌日の15時頃にほぼ息がが吸えい状態になり妻の携帯に「息が出来なくなって来た」とだけメール打って倒れていました。


16時の診察で来てくれた看護師さんが凄くちゃんとした方で血中酸素濃度を図るなり「68」の数字を見て「これはあかん!先生を呼んでくる!」とダッシュして行きました。

先生が慌てて来ましたがほぼ呼吸をしてない私を見て「CT撮影を頑張れるか!?」と聞かれた事は覚えていますが何と答えれたかは覚えていません。


先生が準備をしてくるとダッシュでその場を離れ戻って来たら「大学病院が受け入れてくれたから救急車を呼んだ」と一言。


数分で救急車のサイレンが聞こえ、ストレッチャーをもった救急隊の方が数名来られ「神戸大学付属病院」の救急救命へ到着。

ストレッチャーで救命室へ運ばれそのままレントゲン、採血、酸素圧送機装置やらを凄い人数の方が対応されていました。


この圧送機は、呼吸に合わせて機械が酸素を送るらしいのですがほほ息が吸えない状態の私には追い打ちを掛ける苦しさだったので強引に外しました。

外したら死ぬよと言われましたが付けてる方が死ぬと感じたからです。その結果渋々高濃度酸素マスクに変えてもらえました。(この辺から殆ど記憶がなく)その後、CTに連れて行かれたのですが苦しくて横に向いたまま撮影。


結果は、胸水がほぼ満杯で溺れている状態との事。

ここで意識はなくなりました。


ここからは2️⃣で記載させて頂きます。

2023年11月

親戚の鍼灸師に針を打って貰う際、胸の凹みに気付き凄くビックリされました。

救急救命士もされていた方なのに「凄いなこの凹み初めて見るよ。心臓マッサージでもした?」と聞かれ、生まれつきなんです。とその場は、気にもせず終わりました。


その直後、インフルエンザに罹患し高熱で倒れている時の事です。ビックリしていた顔が思い浮かび上がりあれだれ驚かれたって事は何かあるかも?と40度近い高熱の中、スマホで検索しました。


直ぐにヒット!!漏斗胸と発覚!!


その後、即行動に移って行きます。