関西から異動で関東に戻ることになる。

 

2015年9月、それまでも一度東京に戻るように言われたけど、関西での生活が心地よくて断っていました。

しかし、役職上、次断らないでね。と暗に言われてしぶしぶ異動を飲むしかなかった。

 

異動先は千葉県船橋市。

関西にいるときに、友人横山の結婚報告を受けてて、結婚式は2015年11月に沖縄でやるからねと言われて航空券まで手配していたのに千葉に引っ越し。キャンセルで半額しか戻ってこなかった。。

しかも。結婚前日入りする予定だったが、予定の飛行機に間に合わず、夕方着くはずが22時に那覇到着。

ゆーきと千尋くんと先輩がモノレールの駅で待っててくれた。

沖縄は生憎の空模様だったけどとてもいい式だった。

 

仕事の方はというと、段取りや仕事の仕方が悪いせいもあり、いつも激務。引継ぎもほとんどないまま着任したのでとにかく仕事ばかりしていたな。

千葉に引っ越してきてから半年が過ぎようとしていた。

同じエリアの人からのみの誘いがあり、そこで意気投合した女性と付き合うようになった。歳は4歳ほど上。

初めて会ったときは特に気に留めてなかったけど、2人で話してみると意外な共通点が多くてすぐに打ち解けた。

 

初めてのデートは鎌倉

ちょうど6月だったので、アジサイを見に行こうということで。

けど、鎌倉のアジサイは東日本大震災の復興支援の一環として仙台にもっていかれてしまってほとんど見れなかった。

波打ち際で一眼レフカメラで写真を撮ったり、海辺のカフェでビールを片手に釜揚げシラス丼を食べたり。

 

仕事は忙しかったけど、とにかく楽しい日々を過ごしていた。

当時は一緒にいてこんなに楽しい人はいないんじゃないかなと思っていた。

 

誕生日の日には思いつく限りのサプライズをしたり、手料理を振舞ったり。

 

 

 

東京に戻ってきてらからは、横山や千尋君、先輩と再びバンド活動を再開していた。

と言ってもコピーバンドだけど。

練習する曲は、それぞの結婚式の余興でやる曲をチョイスして持ちよるみたいな。横山は結婚しているけど俺や千尋くんはの結婚式のための練習みたいな。

まぁそんなことを肴にしつつ練習のあとの飲み会が楽しいんだけど。

 

 

2016年6月

仕事はというと、実際の業務とは別の同業者連携のための会合を開催するように社長から命名されて自分が旗振り役となって奔走することになる。

実際この当時は、あまり採算性のよくない事業を任されたけど、国としては将来必要な事業ということで何とか活性化しなければいけないということで、千葉県船橋市で認知度と利用率普及を狙って会合を開催するのである。

月1回同業他社を招集して話し合いをしたり、自社の社長を講師として講演会を開催したり、行政を巻きこんでセミナー開催、討論会をしたり。本当に手探りで正解がないままやってたな。

実は、船橋市、介護・福祉関係では同業者同士のネットワークがかなり発達しているんです。

しかし、自分が担当している事業のネットワークがなかったので、これを機に発足して自らが会長となり行政やら関係機関を招待して総会まで開催しました。

 

が、しかーし。

その直後、おそらくため込んでいたストレスやもろもろが積み重なってダウンしてしまったのです。

自分では、もしかしたらうつ病かなとは思ったけど、「適応障害」とのこと。うつ病の1歩手前。

少し休んだらだいぶ元気になったけど、そのまま本社に異動となってしまったのです。

 

しかーし。

異動先の本社の部署でも上司がかなりのパワハラで1年後にまたダウン。

この時は、情報システム部という部署にいたんだけど、まったくわからん。パソコンの事。めちゃくちゃつらかった。朝7時に家を出てかえって来るのが0時過ぎ。唯一の楽しみは家の近くにある銭湯に週末に行ってサウナに入ること。

けど、上司以外はみんなめちゃくちゃいい人で今でも交流があります。中卒だけどめちゃくちゃ頭のいい人がいたり。でも飲むとだらしなかったり電車の中でげろ吐いたり。千葉県松戸にある「大都会」というめちゃくちゃ安い居酒屋で飲むのが定番だったな。そのあとうちに泊まりにきて、翌日奥さんに怒れるみたいな。

 

ダウンした後は本社内の別部署に異動。自分の経験を活かせる部署だったけどなかなかハードで。精神的には大丈夫だったけど、やはり23時過ぎまで会社にいたり、土曜日出勤ほぼ毎週。会社に泊まることも。

これに慣れすぎてしまって、友達から言わせると「異常」だと。

何かを考えるというよりかは、作業をこなす方が多かったなと。

それでも上司には恵まれていたのでなんとか踏ん張っていた。この頃、既に入社してから10年くらい経っていたのでそれなりに社内では知らない人はいなかったし、自分の事も認知されていた。

 

2018年

いつ頃かは忘れてしまったけど、彼女と別れることになった。

理由は彼女の子供の事と自分まだ覚悟なかったから。