別に、トイレトレが終わったからじゃなくって。


トイレでちっちやうんちができたらトイレシールシートにシールをぺたりとしていた我が家。


実家に滞在中のシートは別として、すでに7枚目になってたんです。

思い出深く、わたしにとっては宝物のひとつとなっておりました。



しかし。

昨日でやめることにしました。


前からちらほらあったのだけど、シールをわざと違う場所に貼るんですわ。

絶対知ってるのに、「ここぉ~?」って。

ありえな場所に貼ったりするんです。「ねぇ、わかんないんだけど、ここだっけぇ~?」と。




最初は「違うよ~。ハナわかってるでしょ。ここでしょ~」とその作戦にちゃんとのってあげてたんだけど、最近はやけにわたしがイライラしちゃって。時間に余裕がないときだけではなく、時間たっぷりあるときにでも、だめなんです。

心のなかで「なめてんのかぁ?」と思っちゃったり。



わかってて、違う場所に貼って、たぶんそれはわたしが「違うよ~」というのを待ってる。それすらわかってるんです。でも、毎回やられると、なぜかイライラしちゃって。

怒らないようにしようと努力してるからなのかなぁ。


そんなオバカな内容で怒りたくないので、もうやめよう!って、やめることにしました。

あれさえなければ、イライラすることもないんだもん。

ハナさんのモチベーションをあげるためのシールシートだったわけで。

彼女が楽しみにして貼らない限り、ある意味がないのです。

しかも、わたしがそれでイライラしてたら本末転倒。


きっぱりやめましたが、そこにいたるまでにものすごい自分のなかでのイライラが大爆発しました。




たぶん、ハナさんにではなく、今までの抑えてきたいろんなイライラが爆発した感じ。

しかし、大爆発したといっても、実のところ、そう態度には出してなくって。

自分のなかでフツフツと煮えたぎらせただけ。そしてちょこちょこ怒りをこっそり出しただけ、みたいな。



ハナさんにあたれないので、ひとりでイライラし、むすっとしてたら


「ママ、おこってもハナだいすきだからねー」

なんていってくれるやさしい娘。


ものすごく罪悪感がやってくるのを予感しながらも、そのときは言葉をかえせませんでした。

時間がたってから、ぎゅっと抱きしめて、ママはどんなときもハナが大好きだからねと伝えました。




あのイライラはなんだったんだろ~。

自分でも今考えると戸惑います。

そして深夜の地震。(11時台は深夜じゃないかな?)



地盤もイライラしてたのかしら。

小出しに出しておかないと、爆発するもんね。


地震のことを思い、爆発はいやだから、ためずに小出しにしようと再認識した今朝でした。








「ハナはなりたくない。ショウジキにはなりたくない」




そんな発言をした娘@2ヵ月で3歳。さきほどNHKでやってたオカモトタローのドラマを見ているときのこと。

わたし、ものすごくうろたえてしまった。

正直になってくれるとうれしいのに。というか、正直の意味がわかっているのか。このドラマが理解できてるのか。

さーてこの発言に何とかえせばいいのだろう?と考えあぐねていたら・・・。




「ママもおうちにショージキもってるでしょ。ね? ブーンって」




・・・・。





あーべっくらこいた。

(゜д゜;)





タローの心のひだを読んだかこの娘・・・などと考えてしまったアリエナイノハオマエダロの母でした。

ウスッペラー







これから日本はどうなっちゃうんだろう?

前向きにがんばらなきゃ!と思うけど、テレビの報道は毎日不安材料しか増えない現状。

気持ちがずっと落ちてるなぁ~。

ハナさんはそれをなんとなく感じ取ってる。そんな気持ちにさせるのもかわいそうなんだけど。




先日、鼻がない猫を保護したんです。

目もほとんどふさがってて。

ハナさんとお散歩中に発見して、てっきりケンカしてケガしたのだと思って、自宅に帰ってゲージをとってきて、保護したんです。

病院に連れていったら、ケガではなく「ガン」だということが判明。鼻ががん細胞で溶けてしまって、もう尽くせる手はないといわれました。

先生が、肉付きからみて路上猫ではないというので、だとすると、飼い主さんが心配すると思い、元いた場所に帰しました。

背中をなでてあげると、いやがらずにうろうろしてました。飼い猫ちゃんなのに、ゲージにいれてさらって、怖い病院なんかに連れていってごめんよ・・・猫ちゃん。



いろいろ調べたところ、外飼いの猫ちゃんでした。けっこう放置されているようではあるけれど、ちゃんとごはんももらってるし、今日はお皿にミルクも入ってました。飼い主さん、おうちのなかではなくて外飼いだけど、ちゃんと面倒をみているようでした。

あの猫ちゃんなりに、愛されているんです。




鼻がなく、目もふさがっている辛い姿なのに、その猫ちゃんが日向ぼっこをしている姿は、なんというか、ものすごく幸せのヒトコマにも見えたんですよね。

毎日、見えないものに対して過剰に反応して、何かしら不安をかかえている人たち。もちろんわたしもそう。

そして猫ちゃんは鼻がなくって、猫って何かをみるとすぐ鼻の頭をそこにつけてスリスリするんだけれども、そうして鼻がないのにスリスリして痛くてびくっとしながらも、あ、またやっちゃった的な感じで同じことを繰り返しちゃう。そして陽があたる場所を探して、気持ちよさそうに昼寝してる。

ものすごく気持ちよさそうに見えるのに、近づくと、鼻がなくって、その姿が悲惨すぎて胸が苦しくなってどきどきしちゃう。



なんだか今の日本のような気がして、そんなことを考える自分に息苦しさを感じちゃいます。

ニュースの見すぎはいかんいかん。

東京から離れてるから、いつも以上に不安なんだろうな。

不便でも不安でも、その場にいるほうが安心なときもある。

わたし、離れてるから、見えないものに恐怖を感じてる気がする。



ハナさんは今なぜ長崎にいるのかわかってるかな?

きっとわかってないだろうな。

それとも、察しがいいから子どもなりにわかってるかな?


なんで自分がこんなに落ちてるのかよくわかんない今日このごろでした。

(すこ~しわかってはいるんだけどね)