今日5月10日は愛犬の命日でした。
もう5年が経ちました。
愛犬がウチに来たときに日除け代わりに植えたセンダンの木が、愛犬が旅立った日に初めて薄紫色の花を咲かせていました。
センダンの木はスクスク育ちながら愛犬に木陰を提供してきました(でもわざわざ日向でハァハァいいながら寝てたけど…)。
木が育つにつれて、梢に鳥達が集まってくるようになりました。
木が育つにつれて、梢に鳥達が集まってくるようになりました。
愛犬はやってくる鳥達を見るのが好きになったようで、いつも目を細めて眺めていました。
警戒心が強い筈の雀までが、ピョンピョンと犬小屋に近づくようになったと思ったら、そのウチ食器からドッグフードを失敬するようになり、やがて食器の中にまで入り込んで餌をついばむまでになってしまいました。
雀にしてみたら、まるで「お菓子の家」です。
食事を横取りされた愛犬は、それでも怒ることなく、平然と雀の親子を見守っていました。
散歩から帰ってきた時の飼い主へにオヤツの要求は凄まじいものがあったのに…
犬小屋はすっかり鳥達の餌場と化していました
扉を付けてみたものの…
5月のこの季節は、丁度雛鳥達の巣立ちの時期。
親鳥達は「餌場」がある犬小屋へと雛鳥をいざなうようになりました。
ウチにくる鳥はこの頃、みんなまん丸に太っていました。
子雀達が横一列に並んで、ピョンピョン跳ねながら犬小屋に迫っていくこともありました。
全く犬を恐れなくなった子雀達は、ついには愛犬の頭の上に飛び乗ってチーチーパッパと戯れるようになったのですが、それでも愛犬はへっちゃらで遊ばせています。
まさに「雀の学校の先生」です。
実家からウチに引き取った当初は、僕が頭を撫でようとしても嫌がられていたのに…
「俺への愛情は雀以下か?」と訊いてみたかったものです。
てへっ♪
そんなある日、珍しく愛犬が「キュンキュン」という困ったように鼻を鳴らす音で目が覚めました。
珍しく悲しそうな顔…
何が起きたのかと下りてみると、犬小屋のすぐ側に、巣から落ちたのでしょうか、一羽の子雀の姿がありました。
残念ながら既に動かず、冷たくなくなっていました。
愛犬は、初めて見る動かない雀に戸惑ったのでしょうか、悲しいような、困ったような声を出しながら、目で僕に訴えるのですが、こればっかりはどうしようもありません。
亡骸は土に埋めてやったのですが、暫く愛犬は「キュンキュン」という声を止めませんでした。
野生の本能が強い犬ならば、食べてしまってもおかしくないところなのに、最後まで同じ生き物として尊重しているように思えました。
(コオロギなどは完全にオモチャ扱いしていたことを思うと、その線引の基準はどこにあったのだろうと不思議な気がします)
(コオロギなどは完全にオモチャ扱いしていたことを思うと、その線引の基準はどこにあったのだろうと不思議な気がします)
なんでこんなに鳥に優しいのかは不思議なところでしたが、理由はともかく、それだけ好きなのならば、鳥に多少の(多くの?)餌を取られる位は多目に見てやろうと考え直した僕でした。
あの雨は雀の涙だったのかな?
愛犬を迎えにきたのは天使じゃなくて雀だったのかな?
今頃、あの子雀を頭に乗せて遊んでいるのでしょうか?
虹色の雲
話を愛犬の生前に戻します。
雀を巡ってそんなことがあってから暫く経ったある朝のこと。
…でもいつもと違うのは、その視線の先にいるのは、雀ではなくて「チョウゲンボウ」という猛禽だということ。
チョウゲンボウ 出展: upload.wikimedia.org
「ソレ、お前の餌じゃなくて、お前自身を餌として狙ってるぞ!」という場面なのですが、愛犬は相変わらず慈しむような眼差しを送っています。
珍しい鳥なので、一階に下りてカメラを手に外に出たら逃げてしまったのですが、あのままだったらどうなっていたのでしょう…
チョウゲンボウはどこかへ飛んで行ってしまいましたが、すっかり大きく育ったセンダンは今年も花を咲かせ、愛犬がいた場所を見守ってくれています。
そして、樹上からは、とてもいい香りが降り注いできます。
その香りを嗅ぐと、愛犬がいた日々を思い出すのです。

















