中学二年生。夏休み明けの二学期初日。彼は転校してきた。
始業式が終わり下校の際に担任の先生から「家が近い人は一緒に帰るように!」との声がかかった。
3人ほどの同級生が同行し、曲がり角に来ると1人消え、2人消え。結局私が彼の家に一番近かった。
家までの道すがら親がお互いに警察官である事が分かった。「親が警察官だと色々厳しいよな!」と話が盛り上がった。加えて彼は自動車が好きで、私が小学生の頃から自動車雑誌を毎月欠かさず買っていると話すとそれを見るために私の家に遊びに来るようになった。
家に来てもずっと自動車雑誌に食い入る様にしているだけで会話など無い…。
折角家に来ても会話が無いのもつまらないから3年分の自動車雑誌をあげることにした。
「そのかわり見たくなったらお前の家に行くから見せろよ!」
やがて16歳になるとお互い原付免許を取得した。無論バイクを買うお金などないわけでバイトしなきゃな、と思っているところに彼は黒塗りメッキタンクのバイクでやって来た。スズキK50という2ストロークのビジネスバイクだ。
「どうしたんだ、それ!」
「へへっ、5,000円で買ったんだ!」
当時は街中にクリーニング店がたくさんある時代で、店主はビジネスバイクに乗ってクリーニングの集配をしていた。
彼は古くなり買い換えられて店先に放置されたビジネスバイクに目をつけた。
「名義変更とかやりますんで売ってくれませんか?」とクリーニング店主に持ちかけたわけである。
「他にもバイクが放置されている店があるぜ!」
そんなわけで私もビジネスバイクを5,000円で手に入れたのである。
ヤマハFB50というやはり2ストロークのビジネスバイクである。
2人は中古車自動車店の車磨きで貯めたバイト代でビジネスバイクに乗り中型二輪免許の教習所へ通った。
埼玉県和光市にあるレインボーモータースクールというホンダ系の教習所だった。
免許を取得すると個人売買で小型バイクを買うからと横浜まで私の125ccに2人乗りで行ったりした。
そんな風にして彼は私の生活の大部分を占める様になった。
(私の乗っていた16万円で買った125ccのバイク)
高校は別になったが家が近所だから頻度は減ったとはいえ、交流は続いていた。
私は郵便配達のアルバイトで貯めたお金で中古のCB400Fourを16万円で買った。(全く信じられない話だ!今では200〜300万はする!)
彼もバイトはしていたはずだがバイクは横浜で買ったヤマハGR80という小さなバイクのままだった。「大きいバイク買うより早く車の免許取りたいんだ!」
そう言っていた彼は高校3年の時、無免許運転で車を運転して路肩の電柱に激突して亡くなってしまった。
転校して来てからわずか5年であった。
最後に会ったのは亡くなる2日前だった。
テスト勉強で寝不足気味の私ところへスズキGT380に乗ってやって来た。
「へへ〜ん、借りちゃった!」
「そんなのばっか乗ってないで少しは勉強しろよ!」
彼は何も言わずにヘルメットを被ると走り去ってしまった。
彼は高校1年を留年しており、それを意識した厳しいモノのいい様だった。
まぁ、1週間もすれば何食わぬ顔をしてまた別のバイクを見せにくるさ、と思っていたがそれは叶わなかった。
15年くらい前にバイクに乗って彼の住んでいた家まで行ってみた。家は建て替えられずに残っていたが表札は別の名字になっていた。
彼には2人姉がいたのだが、結婚して家を継いだのか、売却してしまい全く関係のない人が住んでいるのかは分からない。今度行ったらピンポンして聞いてみようか…。
(追加)
ストリートビューで見てみたら家は建て替わっていた。そりゃ40年以上経っているからな。



