カリブ海クルーズ・ジャマイカ
カリブ海に点在する西インド諸島
何処も青い空と原色の濃い緑に覆われたジャングルの光景
それは信じられない程に美しい島々です
客船から望見するジャマイカの首都キングストンの遠景は
北方約20kmに海抜2000m前後のブルーマウンテン山脈が
連なりイギリス王室や世界中のご愛飲と言われる最高級品質
「ブルーマウンテン・コーヒー」は海抜1500m前後のコーヒープランテーションの
昼と夜の激しい温度差が重厚でコクのあるコーヒーを作り出すと言われます
西インド諸島多種多様の情熱的なリズムの代表と言えば「レゲエ」を
世界中に浸透させたキングオブレゲエ、ボブ・マーレーや
「さらばジャマイカ」「バナナボート」で一躍トップ歌手に上りつめた
ハリー・ベラフォンテを思い浮かべる事ができるでしょう
新世界への2回目の航海で1494年にジャマイカに上陸した
コロンブスに続き1905年、ジャマイカはスペインの植民地になりましたが
1655年、キングストン港を急襲したイギリス艦隊に敗れたスペイン軍が撤退し
以後イギリスの植民地となりました
イギリス政府後援の下にジャマイカを「海賊艦隊」の本拠地とした結果
有名なイギリスの海賊ヘンリーモーガンは英王よりサーの称号を与えられ
海賊団の首領と総督代理に任ぜられスペイン語を禁止し、マイアミ市以南では
カリブ海最大の英語を公用語としている国です
イギリスは砂糖産業を奨励し、1730年にはジャマイカは大英帝国だけではなく、
世界一の砂糖生産国となりました
その背景には、100万人のアフリカ大陸からの労働力があったからです
ジャマイカは言わずと知れた多種多様国家です。
カリブ海クルーズ
カリブ海はアメリカのフロリダ州フロリダ半島の南端から南米ベネズエラ
コロンビアから中米パナマ、コスタ・リカ、ニカラグア、ホンジュラス
グアテマラ、ベリーズ、メキシコ、西インド諸島間の広大な海域です
コロンブスが1492年10月12日、バハマ諸島サンバトル島(別名ワットリング島)へ
到着する以前はアラワク、カリブの先住民が住んでいた地域で
多数の島々が点々としています
かつての宗主国イギリス、フランス、スペイン、オランダ、デンマーク等の欧州諸国が
砂糖、椰子、パイナップル、バナナ等々の農産物収穫の為の労働力として
映画「ルーツ」で紹介されたとおりアフリカ大陸から連れてこられた人々の子孫が
現在、各地で活躍しています
その他、イギリスが労働力として移住させたインド人、中国人、その他国々の
人種がもたらした生活、宗教、芸術、音楽、そして多様多種な
エスニック料理が楽しめる地域です
私も種々のクルーズに参加しましたが人気のあったクルーズは
パナマ運河クルーズでした
(半世紀以上前のパナマ運河)
1903年(明治36年)に運河建設が開始され1914年(大正3年)に完成した
パナマ運河はカリブ海から太平洋までのパナマ地峡の直線距離は55㌔
運河は67,5㌔、所要時間は8~9時間で1日に約30隻の船が通過でき
運河には水位を変えて船を通過させる為に3箇所に開閉式の水門
「ロックス」が設置されています
運河のハイライトはカリブ海側のコロンから10㌔のガツン・ロックスで
高低差26㍍を船が上り下りする素晴らしい光景です
この光景が見やすい様に観覧席が設けられています
中米諸国中ベリーズは1973年の独立まではイギリス領ホンジュラスとして
知られた国で人口は20万人
カリブ海には日本の市町村単位の人口に匹敵する「ミニ国家」が
多数点在し、1980年にイギリスから独立した
セントクリストファー・ネービスは人口4万1千人のミニ国家
ベリーズの公用語はマヤ族が居住する為、英語とスペイン語
他の諸国はパナマ同様にスペイン語です
日本の若者諸君!外国語の運用能力を伸ばそうではありませんか!!
シニアの生き甲斐
先日、ラジオから流れる安らぎの叙情歌として
「海」を懐かしく聴いておりました
私の幼少時代の思い出と言えば
現在150周年を祝う横浜港に出入りする
内外の客船を見物に行く事でした、そして
「海は広いなおおきいな♪」
「赤い靴、履いてた女の子異人さんに連れられていっちゃった♪」
等々の唱歌、童謡をハミングしながら未知の海外を夢想する事が
昭和一桁以前の世代に許された厳しい現実でありました
いつでも誰でも自由に海外旅行が出来る時代が来る事など
当時の私には夢にも思えませんでした
しかし夢で終わらせたくないと自身に言い聞かせ
「もはや戦後ではない」と経済白書が有名な宣言をした翌年に
私はハワイを経由してアメリカ本土に上陸の夢を果たしたのです
各地のスーパーマーケットに溢れる商品の山に驚き
乗り捨てられた自動車の数の多さに仰天し
経済大国アメリカ合衆国に対し貧しかった経済小国日本が
この巨大な国に太刀打ち出来なかった事実を目の当たりにしたのです
シニアの皆様と同じく私の趣味に年に2ヶ月の海外滞在があります
青年時に滞在していたマイアミは特に思い出深い場所ですが
カリブ海やメキシコ以南のラテンアメリカ諸国中1999年にグァテマラで
顔馴染となった山岳地帯に住む部族後しか話せない先住民に
「基礎スペイン語」を教えて以来、毎年2ヶ月程の滞在を楽しみます
当時の首相、小泉純一郎氏が需要説を説いた「米百俵」は
私の従来からの信条でもありましたので私なりのスタイルで
「貧者の一灯、ボランティア運動」を実地して参りました
しかし、粗末な小屋に住む先住民は農業労働者としての日給に
義務教育さえ受けられない子供の多さを実感したものです
グアテマラ州府にある私の定宿メイドは17歳のセニョリーターですが
彼女も経済的理由で小学校4年生の時に中退し州府に働きに出たそうです
「先住民のアミーゴ」となった私は自分なりのスタイルで
微力ならが応援させて頂く事が私なりのシニアの生き甲斐です
そしてグアテマラからの岐路はアメリカ合衆国を経由し
同国で活躍中の私の教え子や在米中の懐かしい友人
知人と再会し互いの無事や健康を祝い「センチメンタルジャーニー」を満喫
シニアライフこそ充実するのではないでしょうか。


