今日であの日から半年。


信じられない。

もう半年間、妻と会ってない。

もう半年間、妻と話せていない。

もう半年間、妻を抱きしめていない。

やっぱり信じられない。


半年間は長いけど、やっぱり短かった。

このままだと、一年なんてあっと言う間に来るのだろう。

その分、妻に会えるまでの時間が短くなっているのかも。


先日、築地本願寺に行った後に銀座まで歩いた。

妻も仕事でよく訪れていた銀座。

この道を歩いた事もあったんだろう。

俺の中では一緒に歩いていた。




昨日、長女が

『パパ、ママの手続きって全部終わったの?』

と、聞いてきた。

『まだ、残ってるのはあるよ。何で?』

『だって、綺麗に終わらせてあげないと、ママがかわいそうだよ』


そういう考え方もあるのか…。

私は、正直妻の生きていた証を消して行く作業が嫌で後手後手になっていた。

『綺麗に終わらせる』って視点か。

人それぞれだけど、子供達には教えられるな。



床に寝転がった。

窓の外見てると随分高いところを、トンビがくるくる旋回しながら飛んでいた。

『あぁ、鳥は自由で良いなあ』

と、ありきたりな事を考えたが、ちょっと視点を替えてみた。




…あのトンビ、自由に飛んでるように見えるけど、生きるために飛んでるんだよな。生きるための餌を探すために飛んでるんだよな。時々羽をばたつかせてさ。そうだよ、鳥は自由でいいな。じゃ無いんだよ。生きるために飛んでるんだよ。


だから俺だって生きるために、自分のやりたい事をちょっとぐらいやったって良いんじゃねえか?

なんで思いとどまらないといけないんだ?


俺だって、生きてるんだよ。生きるために飛びたいんだよ。飛びたいな。生きるために。


今は何もできなくて、ただ地上を歩くことしかできなくて。でも、なんとなくたけど、生きるためには飛ばなくちゃいけない。っていうことが分かってきて。


羽をバタバタさせてみたり。でもやっぱりダメだと思って、また地上を歩いたり。バタバタさせてさ飛んで、風に乗れば、トンビのように飛ぶことができるんだろうな。 でもさ、トンビだって風の流れが変わった時は、別の風に乗るために、羽を何度もバタつかせるんだ。


だから俺は飛び上がっても、もうずっと羽をバタつかせてるだけかもしれない。でも、そうしなければ生きれないんだよな。バタつかせてるうちに風に乗れるんだよな。何とか風に乗っても風向きが変われば、また羽をバタつかせてさ、新たな風に乗るっていうことをしなければならない。それをやるにはまだまだ時間がかかるかもしれないけど。

子供たちのためにも羽を何度もバタつかせてもいいから、飛び上がらないとって思った。




来週、子供たちが妻の実家に行って、一週間ぐらい過ごす。その間俺一人だから、もう決めた。4月になって年度も切り替わる。子供たちもいない間、自分一人で自分の好きなことをやってみようと思った。



とりあえず、一眼レフ持って出掛けるんだ。