思い出ってありますよね。
それなりに生きていれば、嬉しいものも悲しいものも。

今回は、実に珍しく『昔語り』です。しかも、仕事の話。
ノスタルジーに浸りたいのではなく、このタイトルはこの話なしに語れないのです。



いまから3年前なので、僕が26歳の時ですね。

事業所自体が大きく飛躍しようとしていました。というより、急激な成長を要求されていました。
限られた人員のなかで、無謀とも言えるような戦いを始めたのです。

「負け戦が始まった」と思いました。
しかし、大敗にするのか、惜敗にするのかは自分次第です。
不本意ながら、『怒られたくない』とか『やらなきゃヤバイ事になる』の一心で戦いに赴きました。


半年ぐらいで3億くらいの予算を一人で動かしてました。
20代でそれだけの規模の仕事をする経験なんて滅多にはできないことだと思います。みなさん、そう言ってくれます。

でも、そんな事はその時の僕にとってはどーでも良いことでした。
「隣町のおっさんが屁をこいた」くらいどーでも良いことなんです。

目の前にある巨大な仕事は、ただただ僕を苦しめる存在でしかありませんでした。





上司にはあまり頼れなかったですね。

頼りがいもあまりなかったというのもありますが、上司は僕以上に大変そうだったし、この仕事に関しては僕が誰よりも技術的に卓越していたので。

まともなフィードバックが返ってこないので、報告も疎かになっていきました。
報告する時間が無駄に感じられました。

いい仕事の仕方ではないと、当時も今も思いますけどね。


組織としての指揮系統もイマイチで、相談する人によって答えが違ってくるので、結局は自分でするしかなかったです。

失敗したら怒られるという構図に変わりはありませんでしたから。






生活はというと…

12時前に寝て、4時くらいに目が覚めます。
(その後、ベッドでウトウトしますけど)
重圧感とか不安で目が覚めるんです。

休日は(あれば)必ず飲みに出かけてました。飲まずにいられないのであります。

なかなか大変な精神状態でした。

ニュースで、従業員が会社で起こした事件とかありますよね。
車で乗り入れて暴走したり、誰かを刺したりとか。

その人の気持ちが言葉ではなく、心で理解できたと思いました。

明日の我が姿かも知れないと思いましたね。
こんな精神状態で仕事を続けるべきじゃあないなって思いました。
「この仕事に執着する理由もないし」と。






ひーひー言いながらも、納期の調整等もあって、何とか目標を達成できました。
(何度か怒られましたけど)

「ふぅ、生産ラインを止めずにすんだな」
そっと胸をなで下ろします。


恐怖のみが僕を動かしていました。 
達成感とかどーでもいい事でした。 

ちなみに、この後に僕は燃え尽きてしまいました(笑)
やる気はなく、惰性で仕事をする日々が長く続きます。





で、それから時を経て。

クソッタレな経験でしたが、経験できて良かったと思っています。
思い出してもムカつく経験なのですけど。 
実に奇妙な感覚ですが、感謝さえしている。 
当時は最悪に思えた環境も、今にして思えば幾分か恵まれているような気もしますし。

人間って不思議な生き物だなって、いつもにも増して思います。

結局のところ、成長できたって『事実』があるんです。
強くなった。

その時は苦痛でも、後で「良かった」と思える時が来るかもしれない。

(誰かを育てる立場で見た時は改めて面白いでしょうね。まぁ今後の機会に期待と言ったところでしょうか)



それはそれで、置いておいて。

痛みを伴わない成長を、もっとしていきたいなって思います。
さもなきゃあ、痛みしか信じられなくなっちまう(笑)
誰しも体調の悪い時というのはあります。
やってくると言ったほうが適切かも知れません。

生まれて初めて『インフルエンザ』に罹りました。
(病院で熱を測ったら38℃ありましたが、「意外と動けるんだな」って思いました)
これも、自分の『甘さ』と『浅はかさ』が積み重なった結果なので、誰のせいにもできません。

ただ、厄介なことに、その体で飲み会をしてしまいました。
大好きで、敬意を払うに値する人たちにインフルエンザの伝染リスクを持って行ったのです。
(ちなみに、インフルエンザと判明したのは飲み会の次の日でした)
ここでも、甘さが出ていました。


『中止』の選択肢も頭をよぎったのですが、

1.招集したのが僕であったこと。
2.たまにしか会えないメンツで、会いたかったこと(たまに行く東京出張)。
3.酒量をおさえれば大丈夫だろうと思っていた。

というエゴ丸出しの理由により決行したのです。


東京から帰ってきて、会社も休んで寝てました。
寝すぎて目が冴えて「伝染ってたら申し訳ないな」と考えるようになりました。

しばらく考えていると、「申し訳ない」と思っているのか、疑問に感じました。


その時、僕が思っていたのは

×「伝染ってたら申し訳ないな」
○「責められたら嫌だな」

だったのです。

『責められたら嫌』それは大半の人がそうだと思うのですが、
感情的な継がりが薄くて、なぜか説明ができないと思いました。

何だかモヤモヤした感覚。
感情の流れが見えない。言葉が噛み合わない。不協和音。



前フリ、ここまで。
本題、ここから。




目が冴えているとはいえ、どうせベッドから出るつもりもないので、途切れている感情の流れを考察してみようと思いました。
あくまでも、僕にとっての『責められると嫌』ですけど。

「無能であることを指摘されているように感じるからか?」
(自分をコントロールできなかった事や体調を崩すリスクを回避できなかったのは確か。何ができるかに少なからず価値をおいている僕にとっては、自分の無価値を感じさせるかもしれないな。安っぽいプライドも傷つくだろう。でも何か違う)

「嫌われるのが嫌」
(拒絶の恐怖はいつだって大きなテーマとなる。でも今回はちょっと本質を外れている気がする)

「見放されるのが怖い」
(何となく近づいてきた感じがする)




外堀、ここまで。
内堀、ここから




らちがあかないので、もっと突っ込んで考えました。

なぜ『責められたら嫌』か?

↓↓

どう『責められたら嫌』か?


「インフルエンザに罹ったせいで、やりたい事ができなかった!」
「時間を返せ!」
って感じで責められるのが一番堪えるなぁと思いました。

一緒に飲んでいた面々は其々に頑張り屋さんなので、時間や機会を奪って取り返しのつかない事になると、どうする事も出来ないなって思いました。


そこで、『罪悪感』という言葉が浮き上がってきました。
浮かんできたのは、まぁ分かります。ありふれた言葉でもありますし。

でも、もうちょっと突っ込んでおきたかった。


Googleでチョイと検索すると
”悪い=償わなければならない=犠牲を払わなければならない=それはとてもイヤな感じがする”
といった事が書かれていました。


一般的な話としては納得できます。罰を与えられたとき、自分は愛されていないと感じるのは容易いことです。

ただ、僕の抱えている状況では罰を与えられたり、犠牲を払ったりすることは考えにくい。

しかし、そこにある『罪悪感』。いまだ謎のベールに包まれています。


罪悪感を感じると自己攻撃をする人がいるとも書かれていました。
「侍などが切腹する理由の一つである『恥』か? この気持ちは…」
(う~ん…何か今ひとつだな)

と、考えていると寝てしまいました。zzzzz.....




内堀、ここまで。
本丸攻め、ここから。




起きて、もっかい考えると、答えらしきものが出ました。

『許されないのが苦しい』のだと。

「許されていない=自分は愛されていない」という事なんですね。
この状況で僕にとっては。



”責められると嫌”


”責められると罪悪感に苛まれ、許されていないと感じる。
許されていないと、自分は愛されていないと感じる。
だから、嫌”


とまぁ、納得のいく結論にたどり着きました。

はぁ長かったですね。

さて、締めます。


僕は…

『責められて嫌』や『罪悪感』は克服するつもりはありません。
仲良く付き合っていくために理解を深めてみたのです。

「許されたいとも思わない!」なんて痩せ我慢をするつもりもありません。
愛されてないと即死しちゃう生き物なものですから(笑)
(許されるかは別次元のお話ですけど)




本題、ここまで。
オマケ、ここから。




一緒に飲んだ面々は、みんな元気だそうです。
まぁ良かったかな。
ホントに責められてたら、どんな感情が湧いてきたか幾分か興味がありましたが、機会があれば。
機会がないように再発防止に努めますけど。

皆様もお体にお気を付けください。




久しぶりに名前占いしました。

こ・や・ま・た・か・お(←これ、本名です)
天国・地獄・大地獄・天国・地獄・大地獄!

僕、大地獄に行くとの占い結果でした。
「絶対に認めない! 俺は諦めないッ! 結果を覆してやるぞ! 何よりも大切な俺の人生なんだからなぁああ!」
(まー、死んでからの話なんですけどねー)

とっても頭脳がマヌケですよね。
痛さも激痛レベル。

結果を変えるには名前(文字数)かルール(天国と大地獄を入れ替えたり、『やっぱ、天国』とかを追加する)を変える必要があります。

これ、占いの話なので笑えます。

「同じ事をやってないかな?」と、
他ごとに照らし合わせると、現実でよくやっちゃいます。僕。

何度も同じ結果を手に入れたり、同じところをぐるぐるグルグル回ってる事があります。
同じ事をしてるので、同じ結果が手に入ります。
(たまにノイズの影響で結果が変わることもありますけど)

違う結果が欲しければ、何処かで違いを創らなくっちゃあなりません。

ビジネスの世界で有名なPCDAサイクルや、NLPの世界でいうTOTEモデルはそのためにあるんだと思います。
フィードバックが肝かと思います。

違いを創るのに、根性や努力を増やすよりも『工夫』を加えることが僕は好きですね。

そんな事を、名前占いをして改めて感じました。