ちょっと重い出だしですが…。
死に方や死に場所、時間は選べません。
選べるとすれば幸運なことでしょう。
それと比べて、死に方よりももっと選べるもの、それは生き方だと思います。
その生き方が最後に表われるもの、それは自分の葬式だと思います。
自分自身が、どんな生き方をしてきたのか分かります。
儀式の最後にみんなが花を添えるとき、
10分で終わってしまうのか。
10分で終わってしまうのか。
それとも10時間かかるのか。
僕は後者がいいですね。そんな生き方をしたいです。
泣かせ、笑わせ、力を与えられる葬式にしたいです。
そのために、どう生きるかが焦点なのです。
人を惹きつけ、人に感動を与える生き方がしたいと思います。
また、人との関わりの中で、自分自身を「全て」知ってる人はおそらくいないかと思います。
小さい頃、大人になってから、子として、父として部下や上司として。
みんな一部しか知らないと思います。
でも、そんな人たちが集まってそれぞれに思い出を語り合えば、
たくさんの「一部」が補完しあって故人の「復活」ができるのではないでしょうか。
たくさんの「一部」が補完しあって故人の「復活」ができるのではないでしょうか。
「こんなにいいヤツだったんだ」
「けっこーワルいことしてたんだな」
「この下衆やろう(笑)」
みたいな会話がなされるかもしれません。
大いに語りあって、飲んでもらいたいものです。
自分の葬式は「どんな生き方をしてきたか」が他人の口から語られる場、だと思います。
人とのかかわりを人生の目的の一つとするならば、最後の成果発表の場といえるでしょう。
自分はその成果を生きて見ることはできませんが。
いや、天国か地獄から見てると思います。
最高の葬式を作るために、今日も自分自身を生きたいと思います。
読んで頂いてありがとうございます。