今日、先ほど、訪問看護師が、家に来ました。

 

この方に、前回記事の内容を言うと、こういう反応が返ってきました。

 

 

「・・・、親が、子供にモノを教えてないケースが、かなり多いです。」

 

「子供にスマホだけ買い与えて、親は何も教えないケースが多いです。」

 

「今のお話伺いまして、さらに、学校教育でも、ちゃんとした事を教わってないとなると、目も当てられません。」

 

 

この日本の状況、どうすんのよという話です。

 

明治以降、日本は、親と子供を分離させる方向に進みました。

 

なぜなら、日本政府としては、大量の兵隊が欲しかったのですよ。

 

その時に、政府の言うことより、親の言う事の方を優先する民衆が居ては困ります。

 

それで、学校というものが作られ、教育勅語に基づく、忠君愛国精神を学ばされた訳です。

 

それ以前にも、教育機関はありましたが、それは寺子屋であり、私教育の世界です。

 

しかも、その教育内容も、読み書きそろばん、その他には、儒学を教えるとか、そんな話でした。

 

つまり、教育の第一人者は、その子供を産んだ親本人だったのです。

 

実際、士農工商の世界では、親はその職分のプロフェッショナルであり、子供は親から仕事の基本を学んだのです。

 

現代でも、親の言うことは絶対であり、子は親の為に死ななければならないとか、その兄弟同士は仲良くしなければならないと言う団体は存在していますが、それは、いわゆる、任侠団体とか、最近の言い方では反社会団体とか言いますが、それは、政府の都合であって、理屈として間違ってるかと言われれば、微妙な部分です。

 

現に、宗教団体などの、ほとんどの教えが、親が子を育み、子は親に従う、社会秩序や世界平和の根本は、家庭にあると謳っています。

 

 

例を挙げるなら、医師免許という事について挙げます。

 

江戸時代であれば、医者の家に生まれた子供は、親を自分の先輩医師と考えて、その職分を相続するという形でした。

 

しかし、明治以降には、医者の家に生まれた子供であっても、国家が規定する、医師免許を持っていなければ、医師を名乗る事は許されず、診断や治療を行う事はできない、そういうシステムに変わり、また、親が医者でない、たとえば農民の出であった場合でも、医学部合格し、医師国家試験に通れば、医師として活動できる、という事になってます。

 

出自によって、人生の勝ち組、負け組が既に決まってるという状況は是正されたようにも思えますが、それは政府の都合であって、本当は、民衆を、臣民に改造して、誰でも兵役検査に合格すれば、兵隊として、国の為に突撃させられる、というシステムであったのであり、その弊害で顕著だったのが、第二次世界大戦末期の、特攻隊です。

 

流石に、その任務は志願制だったらしいのではあるのですが、実際問題は、人間を爆弾抱えて突撃させるとかそういう話で、その当時でも、軍歌で、流石にねえよ、これはと歌われてます。

 

そして、大日本帝国は、アメリカ合衆国により、広島と長崎に核爆弾を落とされて、崩壊しました。

 

じゃあ、特攻隊員、死んだの何のためだったのよ? という話です。

 

言いたくはないですが、私、右翼でも何でもないんですが、天皇は、靖国神社に慰霊に行くべきです。

 

なぜなら、天皇陛下万歳と言わせて、自身を慕う臣民の兵を、モノとして扱って死に追いやったからです。

 

大日本帝国が滅び、アメリカ合衆国の傀儡国家、日本国が成立しましたが、天皇大権は否定されて、象徴天皇となりましたが、それは責任取りの一つである、要するに、天皇が全てを仕切る国家元首としての立場を降りて、政治の実権からは外されるという事です。

 

でも、遺族とか、そんな事以上に、毎年毎年、8月15日の敗戦の日には、天皇自らが、靖国神社に行って、ごめんなさい、ありがとうございました、そう言うのを望んでると思います。

 

 

日本国憲法下では、教育に関しては、地方公務員が行う事になりました。

 

確かに、文部省とか、文部科学省とか、そんな省庁はあるのですが、その人達が教育現場に立つ事はありません。

 

また、教科書に関しても、国が一律で定めるのではなく、検定という形を取り、あからさまな間違いを修正するという事になってます。

 

まぁ、実際的には、アメリカ合衆国が、日本に核爆弾を投下して、人体実験をして、大量殺害を行ったという事も、検定意見で書いちゃいけないとか、そんな話らしいので、色々終わってる訳ですが。

 

その辺、日本の正しい歴史を知りたければ、靖国神社の、遊就館に、展示がありますから、見学するのを勧めます。

 

きちんと、昭和天皇の玉音放送内容で、「残虐なる新型爆弾により」とか書いてありますから、見れば一発なのですが。

 

 

現代日本の教育がどうなってるのかと言えば、私も気がかりなのですが、家庭が崩壊していて、学校でもろくすっぽモノを教えてはくれず、むしろ、宗教団体やら、任侠団体が、行っているような状況で、それ以外となると、企業が、その社員・従業員に対して、その企業労働者としての教育指導を行ってるとか、そんな話です。

 

私みたいな、吹けば飛ぶような、いち占い師が、お悩み相談業として、顧客を得られるというのも、実はいいことではないんです。

 

でも、人間関係の基本とか、男女・夫婦の道であるとか、親子関係の維持、社会とはどういうものであるか、その中で自分なりに顧客を抱えて渡り歩いていくにはどうすればいいかとか、命の大切さを教えるとか、そんなもん、本来は、占い師がやることと言うよりは、その第一人者としては、親なり、また、学校なりが、しっかり教えていかないといけない事なんです。

 

まして、企業は、営利団体ですから、ビジネスとして教育を行うのであって、自己教育は自分でやれと言うのが、本来の有りようで、大事なことを教えて欲しいのであれば、お金を支払いなさいというのが基本です。

 

政府にも責任があります。だって、明治以来、親子関係を分離させて、学校で教育を行うというシステムに変えたのは、他でもない政府だからです。企業も、宗教団体も、任侠団体も、占い師も、政府がちゃんとやってないことの尻拭いをしているのが実情で、かつ、それぞれの団体が、善意なり、ビジネスチャンスを狙ってなりで、教育を行ってるとしても、それに対して、政府が補助金の一つも出してるかと言われれば、そんなことも無いでしょう。

 

 

今の日本、色々狂ってます。

 

私とかが邪推するのは、本当に、日本の政府って、日本国民の代表者なんですか? という事です。

 

選挙なんかでも、開票前に、集計が完了してて当確出たり、自動集票マシンが幅効かせたりです。

 

選挙で不正を行うって事は、それ、西南戦争の反省を生かしてないということで、テロ起こされても文句言えないですよ。

 

だって、国民側としては、集団暴力行動、一揆や打ち壊しを行わないと、自分たちの悪い状況が是正されないんですから。

 

平穏かつ公然と意思表示をして、その意思の現れとして投票用紙に名前書く訳ですから、そこで不正やってしまうと、政府と国民との間の決裂は決定的で、内戦が発生します。それは、テロとはもはや言えません。

 

私は、立場としては、憲法改正には賛成の立場なんですが、国民固有の権利で、革命権とか普通に入れた方がいいとも思います。

 

フランス国民、ドイツ国民とか、日本国内では報道されてないかも知れませんが、烈火の如く怒りますから。

 

その辺、日本国民に、キリスト教の、自助努力の精神、教え込んだ方がいいんじゃね? とは。

 

まぁ、宗教活動は、公的な場では御法度なんですがね。それも、結局を言えば、政府の都合なんですが。