8/16日深夜。
都内某所。
深夜を過ぎたにも関わらず街はざわめいていた。


サイレンが鳴り響き、街の一角は眠るどころでは無かった。


宝石店からダイヤモンドが一点盗まれたのだった。
盗難事件だった。


盗まれていたのはダイヤモンド一点だけだった。



━━━━━。


遡って8/16日夜。


食事を終えた姫子と浩江は次の日のインストアイベントについて話をしていた。


姫子『楽しみですねー♪あ、浩江さんトーク会の概要はご存知ですか?』


浩江『……いえ…え?……メンバーの話を聞くだけじゃないの?』


姫子『私たちファンが一つ以上何か質問をするんですよー♪』


浩江『え?そうなの!?な…何か…決めておかなきゃ……。』


姫子『姫子は好きなタイプとか、差し入れで嬉しいものとか聞きましたよー♪』


浩江『なるほど……何がいいかしら…聞きたいこと…そうね…好きな食べ物とか…聞こうかしら…。』


姫子『あ、浩太さんと一緒にお菓子食べてるって言ってたので甘いものが好きなんじゃないですか?』


浩江『ああ…そうよね…それブログか何かで見たわ…。』

浩江(でも…しゃくなのよね…あの浩太とか言う甘党に私の作ったお菓子を食われるのは…!!)


姫子『あ、お菓子で思い出しましたけど、浩江さん明日は何か差し入れ持っていくのですか?』


浩江『……え?インストって差し入れも有りなの?』


姫子『はい!むしろ手渡しできる機会なので持ってくる方もいらっしゃいますよ♪』


浩江(しまった……何も用意してないわ…差し入れ…差し入れ…ん?甘い物…チョコ!チョコレートよ!チョコレートはその昔魔術のひと品で惚れ薬として使われていたこともあるって確か何かの魔術書で読んだわ!調合書もあったはず…材料は確か…高純度の宝石の粉、惚れさせる側のDNA…つまり私のDNA…髪かね…それを確か闇魔力5白魔力3赤魔力2の配合でお菓子に練りこめば…でも…惚れ薬なんて…使ったら…彼が…私に…あああ駄目よ浩江この先を考えたら明日は病院のベットで過ごすことになるわよ浩江しっかりしなさい!考えるのは後よ!今は動くのよ!浩江!頑張って!)



ガタン!

浩江は突然立ち上がった。


姫子『………?』


浩江『私…ちょっと差し入れの材料を探してくるわ…。』


姫子『今から手作りするんですか!?す、凄い愛情です…!さすがです!浩江さん!』


浩江『遅くなりそうだから…先に寝ててもらえるかしら…?』


姫子『はい!姫子…乙女の戦いの邪魔なんて無粋な真似はできません!頑張って下さい!姫子大人しくしてますから!』


浩江『ありがとう…!』



浩江は着替えを始めた。
黒の引き締まったセーターに黒の引き締まった細身のパンツ。
バックに黒の目出し帽と黒の皮の手袋を入れ、
姫子を部屋に置き、
浩江は夜の闇に消えていった。




━━━━━。


8/16日深夜。
都内某所。


浩江『問題なのは高純度の宝石。さすがにそれを買えるお金も無いし、いざとなれば魔術で洗脳して店員から無料で手に入れられるかもしれないけど今はお店もやってないのよね…。申し訳ないけど…いただくしかないわね!』


浩江は都内でも屈指の高級宝石店の前に来ていた。
既に気配は魔術で消してあり、目出し帽も深く被って、突入の体勢を整えていた。


浩江『よし…突入よ!』



最初の難関は裏口からの侵入だった。
いくら魔術でも施錠の魔術は無く、
魔術道具の中に、どんな扉でも開く鍵、というものは存在したが、
勿論そんなレアな物を浩江は持ち合わせてはいなかった。



浩江『気配は消してるから…時間はかけられるはず…。』


浩江は決意の元に針金を握り締め、ドアノブに手をかけた。
が、その時、違和感を感じる程ドアノブに抵抗感がなかった。


浩江『あれ…?これは…まさか…。』


ドアは既に開いていた。


浩江『え…?締め忘れかしら…。でもまさか…そんな…。』


浩江は運の良さではイマイチ片付けられず、
もう一つの可能性の不安を胸に抱えながら、
音を立てないように中へ入っていった。


裏口から侵入し、売り場までの道は真っ暗だったが、全く見えない程ではなかった。
周りに気をつけながら、恐る恐る浩江は進んでいき、
売り場を隔てるドア一枚のところまで侵入に成功した。


浩江は不安を消せないままだったが、
突入しないわけにも行かず、ドアノブに手を伸ばし、
ゆっくりとドアを開けた。


???『誰!?』


浩江の予想は的中した。
先に侵入したものが居たのだった。


それがお店の人なのか、警備の人なのか、もしくは自分と同じように忍び入った者なのか、
それはすぐに理解できた。


部屋は暗いままだったが、
暗くても確認できる黒の目出し帽、黒の皮の手袋、引き締まった衣服、しかし…怠惰な体型…それぞれを確認した。


自分と同じ目的だと悟った浩江は、
あえて魔術を解いた。


その者から宝石を奪う為に。


???『誰よ!貴方!』


声からすると女性だった。


浩江『目的は一緒のようね…既にいくつも盗んでるのかしら…。取引しましょう。ダイヤモンドを一つ。たった一つでいいの。恵んでくれないかしら。そしたらこの事は黙っててあげるわ。』


???『貴方も盗みに入ったってわけね…フフフ…でもそれは出来ない相談ね。どうせ貴方が何か言ったとしても私はこの通り目出し帽に隠されているわ。言える情報は限られているし、何より貴方自身の身も危ないんじゃないかしら?』


浩江『愚かな…。』


???『何…?』


浩江『茶色のロングヘアーに、それは青いカラーコンタクトかしら?丸顔で目元にホクロが二つ。それと腕に十字架のタトゥー。』


???『な、何故!』


浩江は姿を消す魔術を解くと同時に、透視魔術を使用していた。


浩江『ふっ…私に普通の人間が適うわけがないでしょう…?貴方名前は?』


???『ふ…そうね…私のコードネームは富士美祢子!』


浩江『貴方…色々なところから怒られるわよ…。』


富士美祢子『うるさい!ちょっとあんた細いからっていい気になって…!腕力で私が負けるはずないでしょう!』


浩江『きゃっ!』


富士美祢子『ここで口封じをしていかないと…!人生台無しだものね!』


浩江『くっ…貴様…!』


さすがの浩江も腕力では適わず、
必死に抵抗していたが、押さえつけられるのも時間の問題だった。


その時、サイレンの音が店に近づいて来た。


二人は硬直し、音の行き先を探っていたが、
明らかに近づいて来るのがわかると、美祢子は浩江を突き飛ばした。


美祢子『くそ!この女のせいでまだ何も盗めちゃいない!せめてダイヤだけでも!』


美祢子は大きいダイヤモンドをポケットに入れると、
かなりのスピードで外へ駆けていった。


浩江『くっ!私も逃げないとまずい!』


美祢子は体型に似合わず俊敏な動きで既に姿を消していた。
浩江も急いで店を出て、夜の闇へ紛れていった。




8/16日深夜。
都内某所。
深夜を過ぎたにも関わらず街はざわめいていた。


サイレンが鳴り響き、街の一角は眠るどころでは無かった。


宝石店からダイヤモンドが一点盗まれたのだった。
盗難事件だった。

盗まれていたのはダイヤモンド一点だけだった。



監視カメラに映った人影を警備員が目撃し、通報していた。
幸い浩江自体は魔術で姿を途中まで消していたので、
浩江の姿はカメラには映って居なかった。
姿を現した後も、丁度カメラの死角で、それもまた録画されては居なかった。


一部始終を見ていた警察は、
美祢子が途中から一人で誰かに喋りかけ、
何かと取っ組み合っているような画として残っているのを確認すると、
薬物依存の幻覚症状の疑いがある危険人物と断定し、
捜査を進める事を決定した。




家の外で浩江は泣いていた。
目的が達成出来なかった事の悔しさもあったが、
浩江の頭には彼の喜んで笑ってくれる顔が浮かんでいた。
それが無いとわかった今、浩江は悲しい気持ちで一杯だった。


姫子に泣く姿を見たら心配されると思い、
浩江は家に入れないで居た。

家に入れたのは空が明るくなった頃だった。




━━━━━━。


8/17日。
インストアイベント当日、
二時間前。


姫子はテレビを見ながら着替えをしていた。

ダイヤが盗まれた強盗事件を特集し、
監視カメラに写る顔の画像で指名手配を行なっているものだった。


姫子『わあ…姫子が寝てる間にこんな事が…。』


この辺りに住んでいるわけではない姫子は、近所で起きた事件ということがわからず、
何の緊迫感も無いまま、着替えを行なっていた。

爽やかな朝だった。


姫子『太ってる方ということしか犯人の特徴がわからない…。』


犯人は富士美祢子と名乗っていると特集されていた。




二人は家を出て早めに会場へ向かっていた。


姫子『浩江さん昨日何時に帰ってきたんですか?』


浩江『私なら材料が揃わなかったから早く帰ってきて寝てたわよ?』


姫子『全然気づきませんでしたあ!姫子一回寝ると起きないんですよね!(笑)』


浩江『良いことよ…よく寝れるのは…。』


姫子『じゃあ差し入れは持っていかないんですか?』


浩江『ううん…満足の行く形じゃなかったけどチョコは普通に作ったから…これを渡すわ。』


浩江はチョコを紙袋に入れて持っていた。


姫子『さすが浩江さん!あれだけ料理が上手だと完璧へのこだわりも違うんですね!』


浩江『い、いえ…そういうわけじゃないけど…。』


浩江(まさか惚れ薬作ろうとして宝石盗みに行ってたなんて言えないしね…。)



姫子と浩江は早く着いたので丸井の中でショッピングをしながら時間を潰していた。


浩江(私が…人間と買い物を…。なんか…悪くないわね…こういうの…。他に人間と一緒に居ると…一人の時ほど街も怖くないし緊張しないものね…。)



姫子『浩江さーん!このドレス似合いますかね?』


姫子は照れくさそうに自分に服を当て、浩江の意見を待っていた。


浩江『うん…可愛いわよ。でもそういう種類の服、お家に沢山あるんじゃないの?』


姫子『わー!凄いですね!沢山あります!(笑)でもちょっとニュアンスが違うとこれはこれで可愛くて欲しくなっちゃうんですよ!』


浩江『そういうものかしらね…。』



姫子『こっちはどうですか?』


浩江『うーん…さっきのほうが…あれ…?』


姫子『どうしたんですか?え?もしかして姫子全然似合ってないですか?』


姫子が服を身体に当てている真後ろのエスカレーターを見覚えのある顔が下がっていった。

茶色のロングヘアー、青いカラーコンタクト、目元に二つのホクロ、怠惰な丸い体型。



浩江『!!ごめんなさい姫子ちゃん!インストまでには戻るから!』



姫子『え?え?え?』


浩江は凄いスピードでエスカレーターを降りていき、入口を出たすぐ外のところで追いついた。


浩江『待ちなさい!』


浩江はその女の肩に手をかけ足を止めた。


浩江『富士…美祢子ね…?』


美祢子『………。まさか…貴方昨日の…。』


浩江『ダイヤを渡しなさい!まだ間に合うわ!インストの時間に!』


美祢子『…?インスト?何を言ってるかわからないけど、もうあのダイヤは私の物よ!渡すわけないでしょ!』


浩江『そうね…私もくれと言って渡してくれるものだと思ってないわ…。』


美祢子『ふふふ…じゃあ何?力づくで奪うつもり?それが無理なのは昨日証明されていると思うけど?』


浩江『そうね…諦めるわ…。』


美祢子『あら…随分簡単ね…。まっ、そのほうが女は可愛いわよ。じゃあ…。』



浩江『力の勝負を諦めただけよ…。』


美祢子『何…?』


浩江『言ったでしょう…?たかが人間が私に適うはずがないのよ…。』


美祢子『ははは!じゃあどうするって言うのよ!』


浩江『貴方…呪術って知ってる…?その効果は恨みが強ければ強い程強い…。』


美祢子『はあ?そんな魔法みたいなのあるわけないでしょう?あんた馬鹿じゃないの?』


浩江『私は今まで人間を恨まなかった…それは興味自体が無かったから…けど…今回は違うわ…私の最愛の人へのプレゼントを邪魔し…せっかく出来た友達に朝ご飯を作る時間も割けず…これ程自分以外の人間を恨んだ事はなかったわ…!』



美祢子『だからどうだって言ってるのよ!!』


浩江『呪術に必要なのは…ちゃんとした相手の顔の情報…そしてDNA…!』


浩江は凄い速さで美祢子の髪を数本抜いた。


美祢子『痛っ!な…何すんのよ!』


美祢子は外ということもあり、飛びかかりそうになったが、人目を気にしてその衝動を抑えていた。


美祢子は、それを気にして場所の移動をさせたいと思い浩江に『こっちに来い。』と言いたかったが、言葉が出なかった。


美祢子『……!?』



浩江『言葉が…出ない…とか…?ふふふ…。』



浩江は背中から楽しげな顔で小さな藁人形を出した。
藁人形の首元を浩江は親指と人指し指で抑えていた。


美祢子『!?!?!?』


浩江『そうね…次は…お腹が痛いとか…?』


浩江は藁人形の腹部の辺りをぎゅっと抑えた。
美祢子の腹部に急に激痛が襲った。


美祢子『んんんんん!んんんんん!』


浩江『ふふふ…じゃあ次は…頭が痛いとか…?』


浩江は藁人形の頭をデコピンをする感覚で、人指し指で引っぱたいた。
喉元は抑えられたままだった。


美祢子『んんんんん!んんん!』



浩江『じゃあ…次は…。』


美祢子は首を必死に横に振り、座り込み何度も頭を下げていた。


浩江『…………。』


美祢子は無言の浩江に繰り返し頭を下げていた。


浩江『…………次は…。』


美祢子『……!!』


浩江『腕が…千切れるとか…!!


美祢子『!!』


姫子『浩江さん…?』


浩江『!?


浩江は藁人形の喉元を抑えつつ、背中に隠し、突然現れた姫子に見られないようにした。


姫子『心配だったので後を追ってきたんですけど…何かあったのですか…?』


浩江『ううん…別に…なんでもないの…。』


姫子『この方は…お友達ですか…?』


浩江『ううん…全然…お腹と頭が痛いみたいで倒れてたみたいなの。』


姫子『わあああ!大変ですね!救急車呼びますか!?』


浩江『…………。』

美祢子は目に涙を一杯浮かべながら…
浩江の反応を待っていた。


美祢子にとってはどちらも地獄だった。
今自分が首を縦に振って救急車を呼んでも、
警察にバレる可能性がある。


首を横に振れば、腕を千切られるかもしれない。


美祢子は浩江の判断を待っていた。


浩江『………………そうね…救急車呼びましょう…。あと…警察も。』


姫子『警察もですか?あ!そうか!被害届けですよね!』


浩江『……ええ…。』


浩江は姫子を友達として好きになり始めていた。
自分とは真逆でポジティブな思考と人柄の良さを羨ましく思っていたが、
逆に姫子と居ると自分の中の暗い気持ちが晴れて行くような感覚があった。


浩江(この子の前で…惨劇は繰り広げられないわね…。)



ほどなくして警察と救急車が到着した。


浩江『姫子ちゃん。そろそろインストでしょう?警察には倒れてるのを見かけた私から説明するから…先に行ってて。』


姫子『わかりました!会場で待ってますね♪』


美祢子が救急車で運ばれたのを確認すると、
浩江は藁人形の喉元から指を離した。



浩江『彼女のバックを調べて下さい。昨日盗まれたと報道されていたダイヤが出てくると思います。』


警察は不思議な顔をしていたが、バックからダイヤが出てくると、真剣な顔つきになり本部へと連絡を取り始めた。


浩江(差し入れ…また失敗ね…。)


警察『捜査にご協力感謝致します。では事情聴取を行いますので、署まで同行願います。』


浩江『………え?


警察『ですから、署まで同行願います。』


浩江『え…いえ…私…この後用事が…。』


警察『大規模な盗難事件ですから。申し訳ありませんがこのまま同行願います。』


浩江『ですから…私どうしても行かないといけない用事が…。』


警察『警察側から謝罪の連絡をさせていただきますのでご安心下さい。お連れして!』


浩江『え?え?ちょ、ちょっと!』


浩江は無理矢理パトカーに乗せられ、近くの警察署まで連れて行かれた。



━━━━━━。


盗難事件、犯人逮捕の報道を浩江と姫子は二人で部屋で見ていた。


姫子『さ…災難でしたね…浩江さん…。』


浩江は泣きそうになっていた。


姫子『で、でも!良い事をしたんですから!浩江さん!胸を張りましょう!』


浩江は無言でうつむいていたままだった。

テーブルに賞状が置かれていた。


浩江『インスト…楽しかった…?』


姫子『は…はい…で、でも浩江さん居なかったから姫子は寂しかったですよ!』


浩江『ありがとう…。』


暗い空気の中、テレビは盗難事件犯人逮捕に協力したという女性にモザイクをかけ、声を変え報道していた。

夜は明けていった。




姫子『お世話になりました!』


浩江『いいえ…こちらこそ。』


姫子『ご飯凄く美味しかったです!♪』


浩江『そう言ってもらえると嬉しいわ…。ありがとう。』


姫子『いえいえ!ありがとうは姫子の台詞ですよ♪じゃあそろそろ行きますね!♪』


浩江『うん。じゃあまた…。』


姫子『はい!また連絡しますねー!♪』



8/18日。昼。

姫子は帰宅した。


浩江は昨日の事を少し引きずっていたが、
いつまでも落ち込んでいても仕方ないと、姫子が帰るまでには気持ちの整理をつけ、
なんとか浩江の中で精一杯明る見送ることが出来た。


姫子が帰り、また一人の時間に戻ると何処か安心し、
いつものようにパソコンへ向かった。


検索サイトでもニューストピックで盗難事件が報道されているのを見て、
嫌になってすぐパソコンを閉じた。


浩江『はあ……。何が悲しくて人間嫌いの私が人間社会に貢献しなきゃいけないのよ…。』


閉じたパソコンのすぐ横にCDの歌詞カードらしきものが広げて置いてあるのを発見した。


浩江『あら…?しまい忘れたのかしら…私…。』


歌詞カード中間部分、メンバーの写真だけのページにサインが入っていた。
そこには『浩江ちゃんへ。』と書かれ、
その筆跡が彼のものだということは、彼のサインと比べてすぐわかった。


浩江『え……?』


姫子は自分の名前を浩江と偽り、メンバーにサインを頼んでいた。


浩江はすぐに立ち上がり、自分から触ったことなど一度も無かった携帯電話を取り出し、すぐに姫子に電話をかけた。


姫子『はい!もしもしー!』


浩江『あ…あの…歌詞カードのサイン…。』


姫子『わああ、もう気づいちゃったのですか!(笑)浩江さん来れないのかなー?って思ったので、急遽閃きました!♪』


浩江『ご、ごめんなさい…貴方の歌詞カードなのに…。』


姫子『大丈夫です!姫子も何枚も買ってますから(笑)』


浩江『ありがとう…。』


姫子『泊めていただいたお礼です♪』


浩江『ありがとう…。』


姫子『元気出ましたか?♪』


浩江『あ…うん…心配かけてごめんなさい…。』


姫子『いえいえ!♪あ!姫子電車に乗らないといけないので一度お電話切りますね!』


浩江『あ…うん…ごめんなさい…ありがとう…。』





浩江の部屋は骸骨や鳥の羽根や、試験管や色々な魔術道具が散乱している。
壁に貼ってあるのは悪魔メフィストの顔の造形のみだった。


この日からその隣に草食系悪魔。の歌詞カードが、
サイン入りのページが開かれた状態で飾られた。


いつも薄暗かった部屋が、
少しだけ明るくなったのはこの日からだった。


ゴミ箱には賞状が丸めて捨てられていた。





浩江。
初めての恋の戦いは続く。