権謀術数を用いて容赦なく突き進む力強さと、優雅で気品ある佇まい
この稀有のリアリストを官能的に愛する塩野七生
初期塩野作品の印象的な作品です。
僕は、小橋さんと違って乱読というのはできないので、気に入った作家を見つけるとその人の作品ばかり集中的に読んでしまいます。大学時代に「ルネサンスの女たち」を最初に読んでから一気に塩野ワールドに引き込まれ、大作「ローマ人の物語」が完結するまで、
世間的には、特にキリスト教圏の人々にとってはいかがわしさの象徴として、例えば「ゴッドファーザーⅢ」の中でも「あいつはボルジア家だ」などというセリフが出てくるように、負のイメージが強すぎるようですが、塩野作品で描かれるチェーザレのイメージは愛国的、官能的で極めて優れたリアリスティックな政治家です。似たような評価のある ジョゼフ・フーシェ とはそこが違うのだと思うのです。
この塩野さんが愛した「めったにしゃべらない,しかし常に行動している男」は、「それまで世の中を支配してきた宗教的良心とか道徳、倫理などから全く自由な男であり、その目的遂行に際しては、合理性、現実的有効性への判断だけで行動できる男である。」
(ここが好みの分かれるところでしょうけど)
レオナルド・ダ・ヴィンチに自分の領土の国土計画 を任せたことについても、
「 レオナルドとチェーザレ。この二人は、互いの才能に、互いの欲するものを見たのである。完全な利害の一致であった。こ こには、芸術家を保護するなどという、パトロン対芸術家の関係は存在しない。互いの間に、相手を通じて自分自身の理想を実現するという、冷厳な目的のみが 存在するだけである。保護や援助などに比べて、また与えるという甘い思い上がりなどに比べて、どれほど誠実で美しいことか。 」
と、逞しい肉体と明晰な頭脳を持った若者を愛でるような視線を送っているように感じます。
しかし、その末路については
「 彼は、賭けに、というよりも政治に負けたのである。」と、かつて愛した恋人を冷静に遠くから僅かに愛情を漂わせながら思い出す貴婦人のように 淡々と叙述します。
小橋さんがこの作品から何を学んだのかを詮索するつもりはありません。ただ、華奢で上品な小橋さんに感じる「たおやかさ」に何か安心感を覚えるのです。


