いいだろう。しなさい。
あなた方人類は地上にいらした主イエスキリストを虐待して殺した。
ゆえに、それ以後、数々の苦悩が地上に起きた。
それは、主イエスキリストが贖うのではなくて、
地上の人類が苦しみにあい、主の犠牲を贖わないといけないのである。
主の贖いは発効後死後に現れないといけないが、人類がそれ以後も地上で苦しんでいるのはなぜなのか?
おかしくないか?
それはいつしか、背教したキリスト教により、主イエスキリストは人類の救済のために贖いを苦痛死をもって表したことになってしまった。
残念だが、それはエホバの証人の教理の破綻で、主イエスキリストは、自分は全人類のために、全人類が永遠の命を得るために死にますとは一度も本人から語っていない。
贖いは絵空事である。
エホバの証人が言っている、
完全なアダムには、完全なイエスキリストの犠牲で贖うなどでっちあげの理論もいい迷惑である。
主イエスキリストの完全な命を1世紀に捧げなくても、1世紀よりも前のエリシャエリヤの時代にある少年が復活できたではないか?
また、ラザロも復活したではないか?
神には不可能な事はありません。
主イエスキリストが無理に贖わなくても、聖書預言は成就します。
なぜ主イエスキリストは地上にいらしたか?
私聖霊が永遠に生きる者だから。
あなたがたには意味がわからないでしょう。
そのうちわかります。
しかし、伝えておきますが、
主イエスキリストと同様に、
わたしをいよいよ虐待するなら、
地上はますます地獄と化すでしょう。
そう、原爆を人類が体験した以上の悲劇を人類は被ります。
アメン。