ねっこくんの 『気分はいつも CAVOK』

ねっこくんの 『気分はいつも CAVOK』

CAVOK(カーブオーケー) とは簡単にいうと航空機の気象用語で10Km以上雲等が無い状況のことです。 

毎日、“気分がこんなんだったらなー” と思ってます。

電車鉄道や飛行機飛行機など趣味のことがメインで


身の回りで起きたこと等も、ちょこっと書いてますグッド!

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けさ、AIR-G’(FM北海道)の
ニュースで“カシオペア”復活
と、言ってました。

ほら、やっぱりね。ドル箱の北海道観光
をJR東が見逃す訳がないと。

ED79は新幹線開業とともに無くなり
EH500も北海道から姿を消すけど
貨物列車を牽引するEH800を借りて
北海道に再び上陸してくれるとの事。

函館以北は“青ガマ”で牽引して
ほしいな。

それでは“はまなす2”をどうぞ。


車掌さんと運転手さんの掛け合いが聞こえ
列車が動き出します。

車窓の外は真っ暗で、自分の姿が窓に
映ると修学旅行を思い出します。

東京行きの寝台列車は思い出せないけど

帰りの大阪発青森行きは“日本海”だったと
記憶してます。

まもなく、車内放送が始まります。

げげっ、録音し忘れた。ガーン

仕方なく途中から録音します。

蟹田で乗務員交代のため停車。
青函トンネル手前で長めの汽笛を鳴らし
木古内と泉沢で停止信号のため停止

そして函館到着です。

ここではED79からDD51に牽引車を
交代ですが、疲れと服をかなり脱いで
しまったので外に出ず、眠気と闘って
いました。

札幌に着いてから気付いたのですが
函館からはDD51の重連でした。
機関車交換と時間調整でかなりの時間が
あったので無理して服を着なおして
外へ出るべきだったかなと思いました。

はまなす

つづく
まずは

これまた3月のダイヤ改正で廃止となる
特急「白鳥」に乗車。車両はJR東の
“485系”です。

485系


JR北の“789系”は改正以降、札幌圏に
活躍の場が移るそうで、出張でも何回か乗っ
ていたので今回は485系を選択しました。

座席のヘッドレストに掛けてある紙製カバー
にJR東の印刷があるのに車内放送はJR北
になっているところが“へぇ~”なところ
です。

カバー


北海道側は五稜郭から木古内まで「道南いさ
りび鉄道」が運行するので引き続き通ること
が出来ますが、本州側は奥津軽いまべつから
蟹田までの間、特別な場合を除き通過するこ
とは出来ないのかと思いながら青森へ向かい
ました。

函館駅もそうですが、青函連絡船を利用した
ことがあるひとは分かると思いますが、青森
駅もあの当時からするとずいぶん寂しいもの
だなあと感じます。

-現在の函館駅と青森駅-

函館駅


青森駅


駅を出ると雪が降っていて、ホームから
見えて気になったA-Factory横に設置
された雪灯篭を見に行ったら舞う雪と海に
突き出た突堤に並ぶ雪灯篭とベイブリッジ
のライトアップがいい感じに演出されて
いました。

雪灯篭


急行「はまなす」は22:18発ですが21:36頃
3番線に入線すると電光表示板に出ていたので
入線時刻に合わせてホームへ行ったところ
すでに入線しており、ホームには写真を撮る人
人人でにぎやかになっていました。

できれば“カーペットカー”に乗ってみたかっ
たのですが満席で“ドリームカー”も食指は動
いたものの体力を考えて“B寝台”にしました。
本日は1号車と2号車の間に増21号車が増結
されていました。

本日の編成
ED7913+スハフ14 557+
オハネフ25 3+オハネ25 15+
オハネ24 501+スハフ14 555+
オハ14 512+オハ14 503+
オハ14 508+スハフ14 508

車内に入って・・「うーん、なつかしい・・・」

寝台列車には修学旅行や帰省の時、たいへん
お世話になったなあと。
「もっと乗っておけばよかった・・・」
後悔先に立たずです。

シーツを敷いて列車が動き出すのを待ちました。

ED79


つづく
洋上で火災が発生し鎮火したカーフェリー“さんふらわーだいせつ”
が、函館に修理で来たことを先ほどTwitterで知りました。

これまたTwitterで知ったのですが、火災が発生した当日
船会社が発注したのでしょうか、日本サルヴェージ社の海難救助船
“航洋丸”が九州から北海道に向け出港しました。

なんでも、日本で起きた海難事故の多くに携わっているそうで
翌日には苫小牧沖に到着しておりました。
(船の位置は“MarineTraffic”で確認しております。)

総トン数約1万1千トンのカーフェリーを総トン数2千トン余のタグ
ボートが苫小牧沖から函館港沖へ曳航するとはなんという馬力の船
なのかと感心しました。(あと北洋海運社所属の“とうあ”と海上
保安庁の巡視船“えとも”だったかな?も同行してました。)

火災が鎮火したあとは函館沖から室蘭港へ同フェリーを曳航し
今は定期航路の無い、旧フェリー埠頭を使って車両の引き出しや
現場検証を行っていたそうです。

そして検証の終えた同フェリーを今回、室蘭港から函館のドックへ
修理のため函館港へ連れて来たようです。

今朝、“MarineTraffic”で船の位置を確認すると知内沖を日本海
方向へ走っていたので、お役目解除になったのだなと思いました。

お盆に室蘭へ行った際、旧フェリーターミナルが見渡せる中央埠頭へ
行ったら“さんふらわーだいせつ”に寄り添う“航洋丸”を発見しま
した。


koyo maru

“さんふらわーだいせつ”搭載の赤い救命ボートがほとんど残って
いないことがこの事故の恐ろしさを伝えていると感じます。

また、この写真の反対側側面は焼け焦げて痛々しい感じで
1名の乗員の命が亡くなっていることも有り、その写真はとても撮る
気になれませんでした。

また、中央埠頭の倉庫群側には4隻のタグボートが係留されており
その中に“とうあ”がいてビックリしました。てっきり苫小牧港の
所属と思っていたものですから。

TOA
タグ“とうあ”


ERIMO
巡視船えりも?(バックショットなので船名不明)

ともあれ“航洋丸”は1ヶ月強という期間出動し、お疲れ様でした。
無事に帰還出来る事をお祈りします。UW