さくらいです。



手首速報。


だいぶプレーができるようになりました。


手首小指側の甲側が痛んでいるようで、バックがあまり打てません。


サーブ、ボレーは強いショットは打てませんが、問題ないし、フォアストロークも普通に打てます。



ある程度打てるようになった一番のメリットは、身体が普通に動けることです。


ぎくしゃくせずに走れることでプレーしやすいです。


また、勝負しましょう。




理不尽なことについて、どう思いますか?



ぼくは理不尽な扱いをされることは良い経験だと思います。


自分の常識の世界が一気に広がりますよね。



もちろん、


スポーツの世界にいると理不尽なことばかりなので、その免疫にもなります。



高校生のとき、


合宿の就寝時間が11時。


歯を磨き忘れた友達に付き合って、水場に行きました。


顧問の先生に見つかり、そのまま正座。


床が市民プールの更衣室のようなぼこぼこで、足がピッコロさんみたいになりました。


友達は、歯磨き粉を流すヒマなく正座してました。


1時間くらいだったでしょうか・・・


2時間くらいに感じました。


まぁ、決まりを守らなかったのが悪いです。



シード選手なのに、自分の高校が会場の試合で、本部わきで正座させられたこともあります。


少し遅刻して、コート整備ができなかったからです。


試合なのに。


でも、遅刻したから悪いです。



夏の練習中、水を飲ませてもらえませんでした。


昼休憩が待ち遠しすぎました。


のどが渇きまくっても、テニスは楽しかった。


だから、しょうがないです。



テニスクラブでも、足がつっても練習をやめることはできません。


怖くてできません。


水も飲めません。


怖くて飲みたいと言えません。


意味不明に走らなければいけません。


これは当たり前です。



高校時代は、このとても怖かった2人の大人がぼくの身になりました。


当時は、恐れしかありませんでしたが、嫌いではなかった。


今は感謝です。




大学時代は、体育会なので理不尽なのが当たり前でした。


そういうつもりでいたので、なにが理不尽なのかよくわかりません。


幸い、一番しんどい1年次の4年がとても良い人ばかりでした。


ついてました。


ラッキーでした。



それでも、


リーグ練習のため、春は学校には行けなかったりしました。


大学のシステムがよくわからないまま、大学生が始まりました。



罰でボーズにもなりました。


コタツでだべっている先輩たちが帰るまで、外の倉庫の中で、ぼけーっとみんなで待っていたり。


監督の荷物持ち兼、パシリやったり。


合宿時、意味不明な専修ファイト!って儀式があったり。


練習しました・・・


謎の練習。


飲み会もね。




理不尽は人を育てると思います。


とくに厳しい競争の世界にいる人にとって。


そして、世の中競争なわけです。



子供たちの教育の場からも、理不尽があまり消えてしまうのはどうかと思います。



些細なことに不満を覚えなくなれます。


つまり、


苦しい場面が減るということですね。


不満が多いと、いつもストレスを抱えなければいけなくなりますからね。



理解できること、納得できることばかりじゃない。


人生と、テニスでは。


なんでもそうなんですけども。


だから、そんな世界で自由でいるためには、抗体を持っていたいです。



相手はジャッジをミスるものです。


自分だけ休憩時間が少なく、試合させられるものです。


ぼこぼこのコートに入れられるものです。


何時間も待たされるものですね。



そんなことが、不利だと感じるようではね。



理不尽に立ち向かうことが、スポーツの楽しみ方でもあるような気がします。


まぁ、


なかなか万人にはうけませんけどね。


さくらいです。



右の手首が腱鞘炎になりました。


レッスンではご迷惑をおかけしています。


すいません。



何年か前に、1年前だったかな?


かなりひどい腱鞘炎になりました。


あれは厳しい状態で、テニスどころか、日常生活も苦しいほどでした。



もうあそこまではなりたくない。



今は、プレーしなければそれほど痛むわけではないので、治るのにも時間がかからないと思います。




球出しはできていますが、ラリーは左手で・・・。


当然まともなラリーになりませんので、ぼくとしては勝負している感じです。


みなさんが勝負をする気持ちになってくれればありがたいことです。


自分、ピンチですが、チャンスと捉えるならば、


こんな時しか伝えられないこともある。


そんな気持ちではあります。



加減が一切できないので、まさに真剣勝負。


しかも、


普通に負けるという・・・。


負けない気持ちは誰よりも強いと思うので、気持ちの勝負をしようよ、と。



せめてもの抵抗です。


レッスン的には。



ただでは怪我しない。



どんなんでも、経験を積んでもらおうと。


故障中でも、おもしろいおもちゃもあるんです。




自分の技術には不安しかありませんが、勝てばいいのであればやり方はいくつかありますね。


自分は武器を持っているし、相手は欠点がいくつかある。


勝てない相手はいない。


と、いつもどんな相手でも思っています。




で、


たまには怪我もいいもんです。



健康のありがたさを教えてくれる。


怪我以外にも、病気などいろいろありますが、健康でテニスが出来る事は幸せです。


走れること、ラケットを振り回せること、幸せです。



負けてもいいんです。



勝とうと思って練習に没頭することはこの上なく幸せ。


身体と頭を使えることは、楽しいことなんですね。



ぼくは今、楽しくはないですから。



ある意味楽しいですが、自分が求める楽しいではない。


余裕のない敗北。


これは楽しくない。


どうすればその人に負けないかと考えますが、向上の余地があまりない。


練習できないから。


こういうのは悔しいですよね。


悪いところがわかっているのに、改善される可能性があまりなく、やり方でごまかすしかないとは。



逃げです。



できるようになって、


その相手に、どうだ!!と見せつけないといけないのに。



できるようになるというのは、単純にショットが打てるようになることだけとは限りません。


その状況を何度も切り抜けられればいいのです。


一度ではなく、何度も。



わかりやすいのは、ショットが打てるようになることですけどね。


これは、面白みのない話です。




サーブはだんだん良くなってきました。


そうそう、


良くなってくるとは、どういうことか?


最近誰かに言ったような気がしますが・・・



僕の考えでは、



困っちゃうことが減ることです。


困っちゃう場面が減らない場合、良くなったとはあまり思えないです。


ぼくの考えです。


単純に考えても、困らないということは、だいたい勝つでしょう。


困らないんだから。


ポイントが取られそう、ゲームが取られそう、セットが取られそう、負けそう、・・・、



そう思わされる原因が、そのショットにある。


いろんなシーンが思い浮かぶでしょう?



どういう技術を持ったら、各場面で困らないショットになるのか。


練習の習慣。


プレーの習慣。



何も考えないで、何が出来るのか。



これがまさに練習。


試合で困る自分をほっといてい~んですか?





セカンドサーブの入れ方がすこし掴めてきました。


理屈はわかるが、身体が動かない。


のが、動くようになってきましたね。


反復による。




もし勝負する機会があれば、是非ぼこぼこにしてやってください。


治ったら仕返ししますべーっだ!




お久しぶりです、フロントの粟田です(*^_^*)



いきなりですが、明日12日は金子コーチが



試合で遠征のためお休みしますクマ



クラスと代行のコーチは




10:00~ A5 横井コーチ (チアゴ)


11:30~ S4 横井コーチ


13:00~ S5 加藤コーチ


                                    ですねこへび


よろしくお願いしますアップ



場所は品川みたいです(・∀・)



行ける人も行けない人も、応援よろしくお願いします(≡^∇^≡)




金子コーチ、ファイト!!!\(☆o☆)/

渡辺です


お祝いネタです


先週土曜日
新井良太コーチの結婚式の二次会に参加させてもらいました

彼は
大宮校がオープンするときに
一番最初に声かけたコーチです

それから変わらずレッスンしてくれています

感謝してもしきれない


そんな彼の素敵なパートナーと共に新たなスタート

そこに
集う仲間、先輩、後輩、上司、あるいは師匠に当たる方々の

暖かい眼差し、祝福の言葉を聞くたび
お二人の人柄と今までの歩みが垣間見えた瞬間でした



新井コーチ
心からおめでとうビックリマークビックリマークビックリマークビックリマークビックリマークビックリマークビックリマーク



ドキドキドキドキドキドキ素敵な家庭を築いてねドキドキドキドキドキドキ

遠めな写真ですが





あっ!

受付もジョイナスの生徒さんでした!!

こちらもお疲れ様でした(感謝)


心暖まる素敵な会でしたニコニコ








Android携帯からの投稿




↓小山校はこっち

http://ameblo.jp/joinus2/

さくらいです。



最近、またバガボンドというマンガを読み始めました。


始めたと言って、もうすでにあと4巻で終わってしまいますが・・・



もう何度も読んでいるのですが、自分の戒めになるので何度でも読めます。



宮本武蔵の話です。


彼の強くなる過程をおもしろく描いています。



それを自分に重ねながら、


それから、


テニスのレッスンに応用するには、人に伝えるならと思いながら楽しんでいます。



主人公の武蔵の辿る思考は当然ながら、おもしろい。


それから、武蔵に影響を与える人物が沢庵という坊さん。


じいさんの剣豪が2人。



人間として未熟な武蔵に対して、この坊さんの言うこと、


武蔵が剣の世界で未熟である時期に、その道を極めたじいさんたちの言うことは、とても勉強になります。


自分も武蔵と一緒に、テニスに置き換えて考えさせられます。



剣の世界も、テニスとよく似ていると思います。


個人競技なので。



両方とも、自分と向き合わなければ強くなれません。


すべての言い訳は通用しません。



武蔵は言い訳をしたくなるような場合、自分が弱いからそうなるんだ、と解釈します。


剣の世界では、切られたら死んで終わりです。


言い訳する前に自分はこの世にいなくなるわけですよね。


言い訳するような自分では、すぐ死んで終わり。


わかりやすくて良い世界ですね。



剣術の技術的な話もテニスにとても似ています。


剣を早く振るには?


ということを追求するのに、やはりラケットを振るのと同じことを考えています。



対相手、の話も。



納得できる好きなアドバイスはとても多いのですが、


中でも、


「囚われてはダメ」


「全体を見る」


今の自分は、そういう表現が深いいと思います。


ほかにも本当にたくさんあります。



相手とやりあうのに優位に立てる、自分の方が優れたプレーヤーになれる考え方が。



テニスプレーヤーが、未熟者から熟練していく過程を言っているかのようです。


物語の最初の頃の武蔵は、自信と殺気に満ち溢れています。


調子に乗っています。


まるで少しうまいテニスプレーヤーのように。


本物の選手(剣豪)を知らない若者が、勘違いの自信を持っているかのよう。


もちろん、良いものがあることは間違いないのですが。



初めて出会う本物が、じいさん。


この人が、また意味深なことを言うのです。


武蔵は畑を耕すこのじいさんから、ただならぬ殺気を感じるんですが、じいさんいわく、


それは武蔵の殺気だそう。


不細工に殺気をまき散らすから、自分に帰ってくるんだ、と。


人間は鏡だということです。


たとえば、一生懸命だと一生懸命になりますよね。


そういうことと同じだと思います。



未熟な自分にはよくわからないことも多いのですが、こういうのは意味不明ではないですよね。


自分の求める道の話だということくらいはわかるので、考えます。



武蔵は、じいさんの弟子(2代目)にボコボコにされて、自分の弱さや、世界の広さに気付きます。


このじいさんに強くなる道を示してもらい、考えて強くなるのです。


テニスと一緒です。


まさしく。




まだまだたくさんありますが、


気になる人は、読んでみてください。




冷めた考えをすると、この思考は、すべて作者の井上さんの頭の中ということになります。



彼がテニスの向上に過程を知っているとは思えません。


あたりまえですけども。


これは、つまり、


人生のいくつかのものは、同じような考え方のもと強くなれるということです。




マンガもまた、自己表現の場です。


作者はきっと、マンガを通して何かを伝えたいはず。


ぼくはこのメッセージを、勝手に、強く受け取っているだけですが、この考え方はテニスにおいて必ず結果が出せます。


理解して、実践すれば必ず強い人間になれます。




テニスも、プレーするときだけそういう人間になる、


というのは難しいと思います。


というか、ムリでしょう。



たとえば、日頃注意力散漫で、テニスのときだけ機敏でスマートにプレーする、なんて考えにくいです。



テニスが強くなれるように練習に励んでいたら、こういう人になった。


というのが、普通ですかね。



一言では一生懸命という言葉になると思いますが、その内容は複雑に絡んでいます。


こういう考え方のもと、こういう態度でやろう。


純粋に、向上を目指してみようというところなんですが、


ただただ技術追求ではないですよ、ということです。



勝てる人間、うまくなる人間、強い人間、成功する人間。


こういうひとになるような哲学が、同じようにあるということです。


触れられる機会があるときに、全力で吸収したいとこですね。




ラッキーなことに、


テニスは負けても死にません。


忘れずに。