さくらいです。
今年も団体戦の季節がやってきました。
今年は飯田コーチ、参戦です。
でも出ないコーチも何人かいるので、厳しい戦いになるかもしれません![]()
学生の頃の練習の日々のはなし。
ぼくの練習は、浪人生活とともに始まりました。
高校生の自分はごぼう君でした。
筋トレなんてやらされた数回しかやったことありません。
そんな自分が上の世界に行くには、とりあえず筋肉が必要だと。
テニスができない浪人中、毎日腕立て伏せ、腹筋、背筋、あとたまにダンベル使っていました。
本格的なトレーニングという感じではなかったけれど、自分にとってはこつこつ身体を作れたと思います。
大学入学前の3月20日だったでしょうか。
伊勢原に引っ越したのは。
大学生のはじまりはじまり![]()
生活でもなんだかんだありましたが、初練習はじゃんけんで負けた北海道のとしや君と。
誰がこのへたくそと練習するのか、という雰囲気からスタート。
浪人でなまった身体を戻し、さらに、向上させなければいけません。
テニス技術も今までのシコいスタイルではなく、打てるようにならなければいけません。
それから、両手バックを片手にしました。
これが一番きつかったです。
今振り返っても、どうやって打てるようになっていったのか、不思議です。
最初の練習でとしやとラリーしながら考えていたことは、彼にボールを打たせてあげるということ。
へたくそすぎる自分は、彼のボールが見えません。
今までオムニとクレーで練習していたので、ハードコートでのラリーと彼のスピードについていけません。
はやすぎる、と思いました。
練習してもらえなくなることが恐怖でした。
そうならないように、そういう印象を少しでも持たせないようにと思って必死こいてラリーしました。
パワーが必要だと思っていましたが、実際に仲間たちと練習をするようになると、そんな場合ではありません。
練習相手ができる技術的ななにかがなければ自分が強くなる環境が作れない。
筋肉痛になっている場合でもなく、体調を整えてテニスをするしかありませんでした。
リーグが終わり、学校に行けるようになった・・・何月だったか?
5月の終わりくらいだったかな、
自分の幸運が始まりです。
同じ学部、学科のゆうきと練習できる状況になりました。
彼は1年生からレギュラー。
シングルス6。
大学入りたての練習試合で、同期のインターハイチャンピオンに勝ったそうです。
練習相手としては最高ですよね。
彼と自主練することが、ぼくの大学生活のほぼすべてです。
この時間こそ今の自分を作ったもの。
一番印象に残っている彼の哲学が、
誰と練習しても、練習になる。
一般的には、自分より強いやつと練習しないと強くなれないと言われています。
一理あります。
でも、ぼくはそうは思わない。
高校出たての彼の身分でそういうことを思っていることが尊敬できました。
また、自分にとってはラッキーでもあり。
練習の仕方も自分とゆうきは合っていました。
練習中しゃべらない、へばらない、諦めない、終わりがない。
いつまでもいつまでも同じ練習ができました。
飽きもせず。
ただ、
ぼくはミスばかりです。
ばかだと思われるくらい打ちまくっていましたからね。
間違った打ち方で。
たま~に取られるエースに、彼は悔しがっていました。
5ミスに1エースくらいかも・・・。
夜な夜なウェイト場にトレーニングしに行ったのも彼と一緒。
スズキの軽で。
メシのあと、9時とか10時とか。
何種類もやりました。
2時間3時間・・・。
ボクサーみたいになったので、テニス的なトレーニングとしては間違いかな。
性格も乱暴になりました。
自分ではトレーニングのせいだと思っているんですが。
攻撃的だったし、練習中の態度もひどい。
ラケット投げるし、コートを仕切る壁をなぐるける。
いつもこぶしから血が出ていました。
後輩が怖がるから気をつけろとゆうきに言われたこともありました。
強くなることが義務だったので、ストレスだったのかもしれません。
表情もきつかったらしいです。
自分ではなんだかわかりませんけどね。
自分の思い通りにプレーできない自分に対して異常な苛立ちがありました。
人に対して怒ることはありませんでしたが、キレ方が尋常じゃなかったので病気だったのかも
今、必死でプレーするひとたちが、練習中に不機嫌になったり、試合中のジャッジでイラついたりする気持ちがとてもよくわかります。
でも、どの態度もぼくにとっては悪いものには見えません。
自分はひどかったんだと、よくわかります。
そういう気持ちはわかりますが、強くなるためにマイナスなので、心がけてやめたほうがいいと思っています。
自分の最大の失敗からの教訓。
そんな自分を生活、テニス両方で支えてくれた仲間に本当に感謝しています。
つづく