台風18号により暴風警報が発令され保育園は午前中休園だった模様。

私としては今日も会社休みなので連絡せずにお休みにした。

さて何しようと思って考えていたら同じ保育園のママから電話。
暴風警報時の保育園の預かり状況のことだったのだが
そのあと、メールしてたら、お互い子供と二人でいるから
どうせなら遊びに来ない?
ということで遊びに!!

しっかり遊んで午前中は満喫!(親が)
子供は男の子と女の子の違いなのか2歳と3歳なのか
まだ一緒に遊ぶという感覚ではなかったみたい。
でも、ありさは自分の知らないおもちゃがたくさんあって
興味深々で一人いろんなことを探索していた。

家に帰ってお昼ご飯を食べてから
「ゆかりちゃんの菊の花を買ってこようね」
とありさとお買いもの。
お店で花を受け取るありさがとっても可愛い。
そのまま帰りの車で寝て、そのまま家に連れてお昼寝。
(うーーん、計画通り!)

1時間半の昼寝が終わったころ、ありさと今度は一緒に遊んだ。
身体を使って遊んだり、保育園でやっているリズムや歌を歌って
楽しかった!
ボール遊びなどもして・・・笑っているわが子を見ると本当に楽しいし
嬉しいドキドキ

ゆかりちゃんもいたら良いのにな、とどっかで少し思うけど
それでもありさにとーーーーっても感謝音譜

そのあとは一緒に晩御飯を作った。
一緒にエプロンして包丁持って(ありさはままごとの木の包丁)
お料理して、なんか楽しい。
わが子と過ごす時間は楽しい!
一人でいるのよりずっと楽しい!

ご飯を食べた後はアンパンマン見たり英語であそぼを見たり
その間にいろんなことを喋るから本当に面白いです。

今夜は「踊ってはにワッショイ」ってアンパンマンのなかのハニワくんのセリフを
言いながら寝んね!

素敵な一日をありがとう。
今日はありさの通う保育園の運動会。

ありさにとっては2回目の運動会です。
昨年は同じ0歳児クラス1歳児クラスの子と小さな滑り台に上って降りてママとご対面~!
というのと普段遊戯室でやっているリズムを親と一緒にやるという内容でしたが・・・
今年は滑り台とアンパンマンの「サンサン体操」を踊るという内容でした。

長女は夏祭りなどでも踊る種目は人前では恥ずかしいのか
ちっともやらないので・・・かお
(嫌だ、嫌だとママにつかまっている)
サンサン体操をやると聞いたときは「こりゃ、無理だな」と心の中で思っていました。
(口に出して言うと言葉の魔法が娘にかかるから言ってはいけないのよ)

先生によると親と一緒に踊るということで迎えの時間にレクチャーまで受けてしまった。
これはやらなくちゃいけないなと思いお家でもありさと練習音譜
お家でやるときは楽しくてありさと一緒に盛り上がります!
前日も先生から「明日は頑張ろうね」と言ってもらっていたし・・・・

そしてそして数少ない出番!!

滑り台をしてアンパーーンチ!

ママとご対面!

そのあと、いよいよサンサン体操ドキドキ
他の子がママにくっついたりフラフラ走ったりする中
少ししかめ面しながらも、しっかり踊っている!!!!!


大・感・動アップ


子供ってすごいな。
ゆかりちゃんが亡くなってから色んなブログやサイトを見たりしたけど
そういえば「うまれる」なんて映画もあったなぁ、と思い出した。

もともと、そうゆうドキュメンタリーなどは実母も大好きなので
私も興味あって情報を得たりしていた。
でも今まで、では見よう!という気持ちまではなくて
他にもいろんなことに興味を持っていたので見たことがなかった。

それが今日、名古屋のセンチュリーホールで無料上映されるそう!
先日知ったばかりで、こんなにすぐに無料で見れるなんて
タイミングだなって思った。

わざわざ見なくてもいいのに・・・という心の声と
今、見ておいてもいいんじゃない・・・という心の声。

でも何もしないのは、良くないなと思ったから申し込みのメールを送った。
上映3日前とかで旦那さんに長女を見てもらうのをお願いするのも
まだ言えていなかった。
こんなの見に行くと言ったら旦那さんはどう思うのかな?
と考えたりした。

2日前に旦那さんに
「うまれる、って映画が無料上映されるから見たいんだけど・・・ありさを見てくれる?」
と聞いたら、どんな映画かを聞くこともなく「いいよ」とあっさり言ってくれた。
この旦那さんの優しさ(無関心さ?)が心からありがたいと、いつも思う。

会場に行くまでは一人で久しぶりに地下鉄に乗った。
ゆかりちゃんを妊娠してからは安定期の出血があったころから
心の不安が大きくなっていて地下鉄とか空が見えないところは
閉所恐怖症のように怖くて、この時も
「大丈夫、大丈夫、なにかあったらすぐに次の駅で降りて改札でて行けばいい」
と自分を励ましながら電車に乗っていた。

会場には子供連れや年配のかたが多くいて私は一人端っこの席に座って
ここでも「真っ暗になって怖くて耐えられなくてもすぐに出れるから大丈夫」
と自分を励ましていたのだガーン
ここまでして見に行くことないんだろうけど・・・こーゆーことに慣れていかないと
自分がどんどん駄目になる気がしたんです。

「うまれる」

とっても良いドキュメンタリーでしたよ。
うまれるエピソードには人の数だけあって全部違って、そこには悲しみも多くの種類があって
私の経験は私しかしていないものである、ということだけはよく分かった。
この映画を見て癒されるとかはないけど・・・
「そうだね、この人から見たら私は幸せかもしれない」という気持ちが生まれたり
出産を疑似体験した気持ちになったり・・・
なんでこの人は産んだんだろうとか、とにかく一つの映画作品として見れました。

私のこの先の人生が変わるわけではないけど見て良かったよね、そう言えると思います。
ゆかりちゃんが亡くなって病院を去ったあと…そういえば、お金払ってないね、と旦那さんと気づいた。
お家に帰ってから、お葬式の準備で病院に写真データをもらいに行ったときも何も言われなかった。

すべてが終わって、落ち着いた今日、手紙が届いた。
ママ宛の手紙だったので、保険用の診断書が届いたのかな、と思ったが
ゆかりちゃんの入院費の請求書でした。

その額は…約330万でした!

もちろん、保険とかなしの実費の金額ですが…命には変えられないよね、と旦那さんと言ったものです。

まだ養育医療の申請をしたばかりで、認定証はもらっていなかったので、どうなるのか。

また次の私の診察のときに病院に行って聞いてみようとのことになりました。

お金には変えられない命。
ただし、命を助けるにはお金が必要。
日々、私が食べている食べ物もお金で買って生きている。

ゆかりちゃんにも、お金をかけるなら美味しいご飯を食べさせてあげたかった。
ゆかりちゃんの呼吸が止まってから
ゆかりちゃんの呼吸器も管も何もついていない顔が早く見たかった!

生まれてから一度もまっさらなお顔を見ていない。
妊娠中の健診でずっとお姉ちゃんに似ていると思ったし、お姉ちゃんより少しスマートな顔立ちで
とっても美人だ、って思っていた。。
生まれてから初めて会った時も改めて思ったものだ。

しばらくして、やっと呼吸器がとれて管もとれて
可愛い可愛いゆかりちゃんの眠った顔とご対面。
まだ温かくて可愛かった。

そのあとは初めてのお風呂。
小さな体をぬるま湯に入れて洗ってあげて、体を拭いた後は今まで頑張って搾乳してきた母乳を
コットンに湿らせて、また体を拭く。
看護師さんが「母乳がたくさんあれば母乳のお風呂にしたんだけどね!」と言ってた。
でも、そこまでは無かった。
でもでも、母乳で体を拭くことが出来ただけでも幸せだった。

そのあとは、オムツをはかせてタオルでくるんで抱っこした。
先生から最後に今までの経過を説明してもらった。
そこで初めて、ゆかりは生まれて3日目から厳しい道を歩いてきたんだ、ということが
分かった。
実際のその時々は先生に状況や治療法を説明されても「はい。」しか言えなかったが
今になって、その経過や状況がとてもよく分かる。
先生たちが、状況を分かっていながら私やパパに希望を持ってもらいたかったために
厳しい状況だってことはあえて言わなかったのかな、とか少し考えた。
どちらにしても、どんな選択をしていたのか分からないものである。

抱っこしているゆかりの重さは、600グラムくらいと小さいのにとても重く感じた。
母は「軽い・・・。」と言っていたから、大切な大切な命の重みを余計に感じていたのかな。

帰りは普通の道とは違う一般の方には会わない帰り道を通してくれて車で帰宅した。
あっという間に先生と看護師さんとお別れ。
一生忘れないと思う。

22時過ぎ、初めてゆかりちゃんは我が家にやってきた。
「ゆかり、おかえり。」
その言葉に尽きる。

お姉ちゃんは、おばあちゃんのお家で寝たので家にはパパとママとゆかりの3人だけ。
ドライアイスが解けないようクーラーを低めにかけて布団を並べて3人で川の字になって寝た。
ゆかりが生きていないことは残念だけど、とってもとっても幸せな時間だった。


こんな言葉使う日が来るなんて思いもしなかったけど「天使」のママになったんだなぁ。
そしたらパパも「天使」のパパ・・・か!


ゆかりちゃんが外の世界に生まれてきてから22日目。

いつものように病院へ向かう。
今日は、ゆかりちゃんの保険証を持って医療事務の方へ提出した。
しばらくして呼ばれると「今日から○○○○ベビー」という登録名から
「○○ゆかり」という個人の名前で病院に登録された。
とっても嬉しい気分でした♪

そして、病棟に着くと・・・
毎度のことながらNICUの部屋に入るためのインターホンを押す。
「はい、どうぞ~」
と顔パスで中に入るのですが、手を洗ってマスクを着けて入室する準備をするときは
ドキドキする。

「今日の状態は大丈夫なんだろうか」

昨日の夜、病院に行ったパパさんがあまり容態が良くなくて中々帰れなかったから
とっても心配だった。

そして入室すると、うーーん、やっぱり酸素濃度が低い。
それでも自分は見ているしか出来なくて看護士さんに案内されるまま
ゆかりに会った。
とっても可愛い。可愛いけど、わが子をどうすることも出来ないから保育器の中に手を入れて
声をかけて触ってあげることしか出来ない。

11時のミーティング後の先生からは
「酸素がうまく行き渡っていないから血液が酸性に傾いている。酸性に傾くということは体の臓器もうまく働かなくなってきている。あとは赤ちゃんの生命力を信じるしかありません。今日か明日が山場です。」
と言われた。
このとき正直意味がわからなかった。自分に出来ることは信じるしかない、って思ってた。

そのあと、看護士さんが
「せっかく、おばあちゃんが来ているのだし、ゆかりちゃんに会ってもらいましょうかね」と言った。
今まで祖母祖父は中に入れない、という規定だったのに入れるなんて・・・
その意味は考えたくなかった。
でも、おばあちゃんに会えるなら、おばあちゃんからもゆかりに元気をあげてほしいと思って
呼びに行った。

いつも、待合室で待っていてモニターでしか見たことなかった、ゆかりにおばあちゃんは会った。
「・・・・。」
あまりの小ささと、その体に点滴や管が付いているのを目の当たりにしてビックリしていたおばあちゃん。
祖母「痛々しいね」私「頑張っているんだよ」
私は正直「痛々しい」なんて言葉は使いたくなかった。
望んでもいないのに、こんな形で生かされている娘に「痛々しい」なんて言えない。
「頑張ってるね。ありがとね。」しか言えない、と思う。
それでも、おばあちゃんが文句を言っているわけでもなく、ただ正直に思ったことを言ったのだけであって
ゆかりのことは心から心配しているのは分かるから、仕方ないなと捉えた。

そしてお昼。
酸素濃度の値を見る装置を足に付け替えたら少し酸素濃度は上がった。
そのまま見ていたい気持ちはあるが、看護士さんが心配するので
「お昼食べてきます。また来ます。」そういってNICUを出た。
毎度お決まりの隣の病棟の休憩室でのお弁当。
心配しているパパさんに様子を伝えた。
「朝は酸素濃度が低かったけど今は少し上がったよ。血液が酸性に傾いていて
そこから持ち直せるかはゆかり自身の力みたい。
お母さんも入れてもらったからゆかりにパワーを注入してもらいました!」
酸素濃度の値を聞いて少し安心したパパ。でもこれだけのメール内容なのに
「山場は今夜か明日ってこと?」と理解したパパ。

お弁当を食べ終わり、またNICUに入ると酸素濃度が低くて少しドキドキした。
しばらく様子を見ていたけど、ゆかりはおしっこが出ていなかった。
そのため、少し体がむくんできた。
それは血液が酸性に傾いたことの兆候をよく表しているんだと思った。
午後二時前、酸素も下がり、少し心拍も下がってきた。
もうパパを呼んであげないと、と思って・・・正直良くなるも悪くなるも万が一のことを考えて電話した。
そうすると看護士さんが
「お姉ちゃんも・・・どうなるにしても一度ゆかりちゃんに声を聞かせてあげるといいと思う」と言った。
そうか、そうだよね。どうなるにしても会わせてあげられたらいいな、と思った。
そして・・・次に看護士さんは「お母さんのおばあちゃんおじいちゃんはどうですか?」と言った。
「呼んだほうがいいですか?」
「・・・そうですねぇ。」
今度は実母に電話する。珍しくワンコールで出た母。
事情を説明すると仕事を早く切り上げて来れることになった。

30分後、パパがやってきた。
酸素濃度を見てパパはとっても心配そうにゆかりを見て触って声をかけていた。
それと入れ替わりにおばあちゃんが一度帰り、お姉ちゃんを保育園にお迎えに行って
再び病院まで連れてきてくれることになった。
その45分後くらいだろうか、もう一人のおばあちゃんが到着。
やはり初めて見る小さなゆかりに「あまりにも小さい」とうっすら涙を流しながら触る。

私とパパは毎日見ているから、もう当たり前だったけどやっぱりゆかりは
小さいよね、と思う。

その間に実は・・・看護士さんに「何かやってあげたいことはありますか?」と聞かれる。
「やってあげたいこと・・・って」(え、もう?)
「・・・抱っこしたい」
「そうだよねぇ」
「パパは?」
「俺も。」

しばらくして、やっぱり心拍がだんだん下がってきている。
体のむくみ具合もあって、どうにかおしっこ出ないかな、ってずっと思っていた。
17時過ぎ、おばあちゃんとお姉ちゃん到着。
2歳のお姉ちゃんは「ゆかりちゃんは?」と言いながらとっても元気。
1週間ぶりの対面。
このとき、もう保育器のカバーを外してご対面させてもらった。
パパとママとお姉ちゃんとゆかりの写真を撮ってもらった。
そしてしばらく居たけど、お姉ちゃんはご飯の時間とかおばあちゃんに慣れない車を
夜遅く運転してもらうのは悪かったので帰ってもらうことにした。
その数分後、先生から今の状況を説明してくれるとのことでパパと2人で聞いた。
その間に、ゆかりの心拍は急激にどんどん下がった。
すぐに心肺蘇生の措置が行われ、人工呼吸器をつけたままのその状態で
「お母さん、こちらに座って」と言われ
抱っこした。小さい。小さい。苦しいねぇ。頑張ってるねぇ。
なんにも出来なくてごめんね。
私は泣くなんて出来なかったけどパパは泣いてた。
パパも抱っこした。
そのまま、ゆかりちゃんの心臓は止まった。
最後、少しヒック、となりながらゆかりちゃんの呼吸は止まっていった。

「苦しかったね。頑張ったね。」

GIUでのお世話も終わり今日から産科の個室に移動。
腸も無事に動いていることから、ようやくご飯も食べられるそう。
でも、最初のご飯はお粥とかしかないんだけどねしょぼん

寝てばかりだとすぐに身体が駄目になるので
産科に戻ったときから「さぁ、すぐ起きれそうなら、まずは車いすに乗ってみようか」と。
「ひぇ~!」と言いながらも前回に入院経験がある私自身、さっさと動いたほうがいいことは
よく知っているので起きてみた。
そうしたら意外にも大丈夫。
車いすに乗って診察。

しばらくして「赤ちゃん見に行く?」と看護師さん。
これまた「え?」
もう見に行けるの?と思ってしまった。
旦那さんは手術後から仕事を休んで毎日病院に来ているので
娘には既に何回か会っていて、先生にも
「お母さんは手術後来れないから、その間はお父さんが頑張って沢山会いに来てあげてください」
と言われていたそうで、NICUに通っていました。
生まれてから最初3日間(72時間)は一つの山場だそうです。
脳からの出血が見られないか・・・。

そんな状況をまったく聞かされておらずNICUにいるもの知らずにいたので
とにかく行こう、ということで
初めてNICUに行きました。
厳重な警戒でインターホンを押して入り手を洗ってマスクをして中に入ります。

娘は小さな保育器に入れられて人工呼吸器やら管を付けられて
それでもピクピク動いて元気にいました。
私にとってそれはとても不思議な光景でした。
長女は生まれてから泣き声を聞いてすぐ抱っこできて・・・ときたので
徐々に赤ちゃんを実感するのですが
突然出てきたような天から降りてきたような、そんな感じでした。
もう「ありがとう」としか思えなかった。

保育器には腕しか入らないので抱っこも出来ませんが
手のひらで娘を触り・・・今思えばとても幸せな時だったと思います。

そして、その日から一生懸命母乳を搾乳する日が始まりました。
これが結構忙しく、時間に追われながら最初は中々出ない搾乳で
四苦八苦していました。


手術後、少しづつ向きを変えたりして過ごしていたけど
看護師さんが
「赤ちゃんの写真ありますよ。見ますか?」と聞いてくれた。

私は自分の体のことが精いっぱいで赤ちゃんのことが
どうなっているかも全く分かっていなくて無事に生まれたのかも知らなくて
過ごしていたので「え?」と戸惑ってしまいました。

旦那さんが、先に会っているとも知らずに
「旦那さんが来たら一緒に見ます」って答えてしまった。

本当は、赤ちゃんがどんな状態でいるのか分からなかったから
怖くて見れなかったというのが正直なところでした

そして夕方、実母と旦那さんがお見舞いに来てくれたとき
初めて写真を見た。

それは人工呼吸器をつけられて
生まれたての体に肌が乾燥しないように(だと思う)ラップをまかれていた
赤ちゃんだった。
ちょっと痛々しい普通の出産とは違う形だけど・・・。

私はすぐには受け止められなかったけど
旦那さんや実母は躊躇することなくしっかり見ていてくれて
それが私にとっては安心でした。

それでもまだこの目で見ていない赤ちゃん。
どこにいて何をしているんだろう、と思うくらい遠い存在だった。

でも、GIUの個室に助産師さんが来て母乳の出具合を確認しにきた。
赤ちゃんが母乳を飲むというのもなんだか信じられなかった。

それくらい会っていないと実感がわかなかった。
ひたすら個室で眠くて寝ているだけだった。


今日も会社を休んでお家で何しようかな、と思って過ごしていた。
そんな時、旦那のお母さんが私を気にかけてくれて
「良ければ一緒にお出かけする?」とメールをくれた。

お家に一人でいるのもなんだし行こうかな・・・と思って
誘いにのることにした。

お昼前、お母さんの車に乗ってお出かけ。
目的は旦那のお父さんをはじめとするご先祖様の墓参りのための「おせがき」をもらうために
お寺さんに行くこと。(もちろんお金を払うんだけど)

いいお天気でお寺も扇風機で過ごせるくらいだった。
お母さんに「お腹の子は動いてる?」と聞かれ「お姉ちゃんより元気に動いてる」と
「え~?!」なんて会話をした。

無事に終わり、近くの蕎麦屋で昼ご飯をご馳走になった。
とっても美味しかったけどお店の中はガンガンにクーラーがかかっていて寒かったなぁ。

お家に帰るとき、上の子のお迎えに一緒に行かないかなと思って
お母さんに「一度保育園のお迎え一緒に行ってみますか?」と聞いた。
「そうだねぇ」と言ってくださったので
「じゃあまたお迎えの時間に来るね」と言ってお家の前で降ろしてもらった。

そのお迎えの時間の少し前、大雨が降った。
しかも、雷も酷くてニュースではどこかの高校生が雷に打たれて亡くなったことを報道していた。
お迎えの時間も雨と雷が酷くて酷くて
一人でお家にいるのが怖かった。
暗いし、雷の音が異常に大きいし、停電してテレビも消えたら本当に怖い、って思った。

そして、お迎えなんて無理・・・保育園に連絡して雨があがってから行くことにした。

お迎えの時間から約1時間後に天気は嘘のように回復しお迎えにお母さんと行った。
大雨のせいで道は冠水し大渋滞。
とてもお迎えに行けなかった。

一度引き返して歩いてお迎えに行こうかと言った。
歩くと30分はかかるが行けそうな気がして歩き始めた。
でも、閉門まで時間がない。
保育園に近いパパさんに電話してお願いした。
とりあえず、お母さんと一緒に歩き続けていたけど車で迎えに行ってくれた
パパさんと無事合流してお家に帰った。

夕御飯を一緒に食べてお風呂も入れてもらって寝かしつけるころ・・・
なんかお腹がギュっとする。
気のせいかな・・・。
でも、なんか水っぽいものを下で感じる。
なんだろう・・・。

寝かしつけて自分も寝ようとするが水っぽい物がただものではない。
心配と不安でパパに「病院に電話する」と言った。
電話する声が自分で震えてるな、と思った。

「すぐ病院に誰かに連れてきてもらえますか」
「はい」
「では来てください」

でも旦那さんはビールを飲んだばかりだった。
急いでお母さんに電話して送ってもらった。

その間、もう水っぽいものは水のようだった。
怖かった!

病院のインターホンを押して診察してもらうとき、いつもとは違う先生で初めてだったが
とても落ち着いていて安心できる感じだった。
診察の結果は「破水」。血液検査してみたら感染しているんだとか。
「熱はないですか?」全然実感ない。

そのあと、お母さんと先生の説明を聞いた。

「破水していて、羊水がだいぶ少なくなっています。ただ赤ちゃんの心音はあります。
ここでは、もう処置が出来ないので大きな病院に行って見てもらったほうがいいです。
今から連絡して、救急車も呼んで行きましょう。」

とのことでした。
お母さんは「もう赤ちゃんは駄目なんだわ」と言っていたけど
先生はそんなことは一言も言っていなかった。
だからまだ分からないんだから落ち着いて病院に行こうと思った。

そしてすぐにお母さんはお家で待っている旦那さんと入れ替わり長女を見てくれることになった。
旦那さんは自転車でダッシュで来て救急車が来るのに間に合って
先生と旦那さんと3人で救急車に乗り込んだ。

病院に着くと、また検査。

いろいろ見て回ったあと、個室に移動。
赤ちゃんの心音を聞く機械をつけたまま部屋にいると先生たちがやってきた。
多分、このころ真夜中の12時過ぎだったと思う。

あまり詳しいことは覚えていないけど

今、羊水が全くゼロの状態であること。赤ちゃんにとってはとても苦しい状態であること。
23週ということは赤ちゃんを医学的に助けられる時期であること。
これが22週だと法的に?助ける処置はできないこと。
このまま1週間お腹にいてもいいが、感染などを考えると・・・赤ちゃんがどうなるか分からないこと。
今、帝王切開して赤ちゃんを保育器で見ていくか。
自然分娩は赤ちゃんの生命のリスクを考えると危険が高いからやめたほうがいいこと。

などなど説明して「どうされますか?」

難しい問題だった。旦那さんと少し考えるために先生たちは一度戻っていった。
旦那さんと傍にいてくれた看護師さんと話して
お腹にいてもいいけど、それは赤ちゃんを苦しい状態にして感染も怖いし
自分も耐えられる気がしなかった。
正直、陣痛みたいな感覚も感じしていたから身体は赤ちゃんを出そうとしていると
思ったし、無理やり薬で陣痛を抑えても天に反したことをしているような気がした。
家で待っている長女のためにも自分も助かり、子供の生命を信じ・・・
意を決して帝王切開出産することにした。

決まると速い。
あっという間に同意書。
通常の帝王切開出産は腰に麻酔をして下半身が感じなくなるらしいが
私の場合は赤ちゃんへの影響も考えて全身麻酔。
この説明を聞いている間は「もしも」の話が怖すぎてしばらく同意できなかったガーン

そして・・・いろいろな準備をして手術室へ。


麻酔からさめる時・・・いつも夢を見る。
何コマも何コマも映像がめくられ「ハッ!」と気づくと現実に帰っていた。
ちなみに今回の映像は「となりのトトロ」えっ
多分、長女が毎日見ているのを見ていたからかな・・・。

そのまま集中治療室へ。

次女「ゆかり」ちゃんが生まれたのは早朝4時11分。
私は会えていないけどパパが会いに行っていたそう。

この日の私は夕方までひたすら麻酔の残り?で寝ていました。
感染の影響で熱があったらしく寝ぼけながら「暑い、暑い」って言っていたのを覚えています。
一昨日、保健所で四ヶ月検診とBCGが保健所であったけど4時間もかかっちゃった!
1時間くらいで帰れると思っていたから…帰ってから、すぐ夕食の準備やらで母はグッタリ(笑)
いや~、疲れたなぁ。

でも、その日から何となく寝返りが出来るように、なり…
今日は、ひっくり返りまくりショック!
成長してるんだねぇ。

photo:01



でも、戻れないんだよねぇ。(笑)