彫りエモンの日記と文屋の意義  またまじめ日記だ | ぼちぼちぶろぐ

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コギト・エルゴ・スム~(我思う故に我在り)~~ 何者にも媚びず己を磨く

はいよっとどっこいしょ

ノーベル笑です。


先日も堀江氏のブログをみた雑感のせましたが

こんかいもそれです。


インターネットが発達し世界中の個人が情報の発信源となれる今


文屋   記者、コメンテーターなどの職業の存在について考えないといけない気がします

本人達がとくに考えて欲しいです


記者が話を聞き調査し裏を取り発表する。

法律ぎりぎりか、

逸脱した調査、裏取りが行われているのかわからないけれど


追う側と追われる側の関係が悪化した今

追っ手には偽情報 or 沈黙し

本音などはブログでUp


これが今の潮流かとじます


ニュースでブログの記事を掲載するというのもたまに見る

そうしなければ、ニュースを作れないのだから、製作側も歯がゆいだろう

歯がゆいとか、しんどいとか、思ってもらっていなければ困るんですけどねー

たしかにニューストップに堀江弁護団解任 とかでると「おや?」っとおもうけど

記事中には憶測がまことしやかに書かれている。


しばらくして本人は、事後説明をブログへ


なんかさ、呆れるよね。このダメループ



どちらが悪いかというと、思うにメディアが悪いんだろうね

きちんと裏が取れないままに、発信してしまうから

裏を取る必要はない、or取れたと判断しているかもしれないけれど・・・


文屋として、メディアに係わる者として、 が読み解けてない人が集まってるんだろうなー


メディアは現代を映すであって欲しい

だからこそ、ニュースや経済番組がなくならない訳で




まぁそんな俺はTV持ってないけどなーw

まだ、経済誌とWeb上のニュースは使えるし扱いやすい



報道の自由の元に1億人に虚偽を垂れ流すのは、悪質な煽動ではなかろうか