愛知少年院周辺の桜並木。
とても美しい桜ですが、実は悲しい歴史を宿しています。
左は国土地理院で公開されている1948年の空撮写真(国土地理院サイトより)、右はGoogleMapからの画像です。
いまからおよそ70年前、豊田市浄水町一帯は海軍航空隊の基地でした。
白く見えるのは滑走路です。
当時は横風用を含め、3本の滑走路があったとされます。
ここには航空機製造工場と、海軍飛行隊がありました。
現在では宅地開発が進みその面影は開豊神社にある草薙隊の碑のみとなりました。
開発によって、消えゆく戦争の記憶をとどめていこうというプロジェクトが浄水地区ではじまりました。
それが「浄水の航空隊遺跡復活プロジェクト」です。
こちらも1948年の愛知少年院付近です。(国土地理院の画像より引用)愛知少年院があった場所は、戦時中は航空隊の本部が置かれていました。
現在の桜並木と同じ場所に若木が見えます。
こちらは神風特別攻撃隊「草薙隊」第二陣の出撃風景です。(草薙隊戦史より引用)
背景の建物には迷彩が施されています。浄水地区が軍の拠点だったことがよく分かります。そして、出撃された方の頭をよく見ると、、、
これは桜ではないでしょうか?
いくつかの資料をあたると他地域の特攻隊の方も、お人形や花とともに飛び立ったという記述もみられます。
愛知少年院付近の桜は、特攻隊の方が携えていった桜かもしれません。
今も残る少年院付近の桜。
いつまでも平和でありますように。