らぬ…、解らぬ……。ああ、何もかもが解らぬ! 』
濃姫はすっかり混乱してしまい、思わず頭を抱えた。
すると信長が、炎の奥から懸命に何かを訴え始めた。
《 ……げよ!のう! 》
「…?」
《 …逃げよ!濃!今すぐに!! 》
「……逃げる…。 …さ、されど、通り道が…」
《 逃げて、そなただけでも生き延びるのじゃ! 》
「殿…、いったい何をせになっているのでございますか!?」
《 逃げよ!お濃!逃げよー!! 》麥角硫因功效
「殿っ!殿っ!」
《 逃げるのじゃぁー!! 濃ぉーーッ!!! 》
信長の叫声が雷鳴のようにくと同時に、火力が一気に上がり、目の前の炎が信長の姿を呑んでしまった。
「殿ーーッ!」
手を伸ばしかけた濃姫も、同じく炎の塊に呑み込まれてしまい、悲鳴一つ上げることなく、紅蓮の中に消え去ったのである──…。
「 ! 」
濃姫がハッとなって両眼を見開いた時、目の前には、不安そうな表情で自分の顔を覗き込む、古沍とお菜津の姿があった。
「お方様!お気が付かれましたか!?」
「ああ、良うございました! 倒れた時に頭を打たれたのではないかと思い、ほんに心配致しました」
二人が安堵の面持ちで述べているのを聞きながら、濃姫はそっと周りの様子をった。
そこは、濃姫が先程まで古沍やお菜津と一緒に待機していた、客殿の一室であった。
濃姫は、お菜津が扮装の為にっていた打掛を布団代わりにして、室内の中央で仰向けに寝かせられていた。
「古沍…。……私は…いったい…」
「覚えておられませんか? 寺の奥に安置している、古い三宝尊像の前で倒れておられたのですよ」
「…三宝尊…」
「何故にあのような所に参られたのかと、寺の方々も驚いておいでで」
古沍の話を聞く内に、ぼんやりとしていた姫の記憶が、だんだんと鮮明になっていった。
濃姫は更に大きく目を見開くと
「……火が…。そうじゃ火が!私が入った奥の部屋が急に火事になって!」
叫びながら、素早く上半身を起こした。
お菜津は思わず小首を傾げる。
「火事…でございますか?」
「そうじゃ!私がいたあの部屋が急に火の海となってッ!」
「お方様、お気をお静め下さいませ。恐れながらどこからも、火の手など上がっておりませぬ」
「…何…」
「左様。お方様が倒れておられたあのお部屋で、火事など起こってはおりませぬ」
古沍も、静かに首を横に振った。
その刹那、濃姫はハッとなって、自分の顔や頭、身体などに手を当ててみた。
本当だ…。
火事に巻き込まれ、いには炎の中に呑まれてしまったにも関わらず、火傷はおろか、着物にはすらも付いていなかった。
『 あの炎は…幻…。 それとも、全て私の夢だったのであろうか? 』
あの奥の部屋に入っていったのは確かなのだが、いつ自分が倒れのか、どこからが夢だったのか、まるで思い出せない。
火事が夢や幻であったのならば、自分の前に現れたあの信長の姿も、現実ではなかったのだろうか?
「──古沍…、殿は?」
「殿? 殿が如何なされました?」
「……いや、何でもない」
古沍の反応を見て、やはり信長はここにはいないのだと察した。
困惑気味に表情を歪める濃姫を見て
「お方様、いったい何があったのでございますか?」
お菜津は改めて事情を訊ねた。
「…猫が…、猫がいたのです」
「猫?」
「黒い、肥えた体つきの猫であった。その猫が鈴を落とした故……追いかけていたら…」
「あのような所まで行ってしまわれたのですね?」
「…ええ」
「──黒い猫と申しますと、銀色の鈴が付いた、い紐を巻いた?」
「古沍、そなた、猫のことを知っておるのか?」
「お方様をお捜ししていた折に、御廊下で見かけました。小姓が申すには、奥の建物の方は掃除が行き届かぬことも多い故、