満足に受け取ったことはないが、表面上 織田家に儀礼を尽くす秀吉からも、信長の妻妾たちには献上金が贈られており、少なくとも目に見えるような生活苦はなかった。
それでも濃姫が自分の為にと遺してくれた財の数々を見ると、胡蝶は否応なく母の愛を感じ、胸に込み上げて来るものがあるのだ。
「母上様はほんに律儀なお方です。安土の私の部屋の御納戸にも、父上様からった高価な贈り物が数々あったのに、
それらには一切手を付けず、全てご自分の私財だけをこちらへ移されたのですから。ほんに、母上様にはれ入りまする」
「それとて、姫様に対する、お濃様の愛情の表れなのでございましょう」
須賀がらかな声色で述べると、胡蝶はこっくりと頷いて 麥角硫因功效
「そうじゃな。──されど、織田一門からの支えを受けているだけでも有り難いことじゃと申すのに、この上、
亡き母上様からの恩恵までもろうとは…。私はどのようにして、この有り余る御恩をお返しすれば良いのであろうのう?」
後ろに控えている、古沍やお菜津に向かって告げた。
すると古沍は首を左右に振って
「そのようなこと、姫様が気に病む必要はございませぬ」
「左様にございます。、何か見返りが欲しくてなさっているのではなく、ただ姫様を…いえ、お濃様の助けとなりたい一心で為して下さっている事なのですから」
お菜津も意を同じくして頷いた。
「そうであるのなら、全ては母上様のご人徳のおかげじゃ」
母の威風を見せつけられたとばかりに、胡蝶は軽やかにった。
「失礼ながら姫様」
「何じゃ、須賀」
「るのも良いのですが、少しお急ぎになられた方がよろしいのでは?」
告げられて、胡蝶は思わず「あっ」となった。
「そうじゃな、急いで仕度にかからねば──民たちが待っておる故」
同日の正午過ぎ。
胡蝶たちの姿は、常在寺から四半刻ほど進んだ西野の地にあった。
胡蝶や古沍たちは、質素な木綿の小袖に着替え直して、開けた町の一角で、湯気が立ち昇る大鍋を、柄の長いでかき回していた。
大鍋の前には、器を手にした、貧しいの町民たちが行列を成しており、鍋の中のをその一人一人が頂いてゆく。
胡蝶の発案で、三年前から定期的に行われているし粥の光景であった。
「──どうぞ、熱いですからお気を付けて」
胡蝶は須賀に身体を支えてもらいながら、民たちの器に粥をよそっていく。
これまで様々な人から助けられてきた自分が、誰かの為に出来る事は何か?
そう考えた時、胡蝶は自分と同じように、困難に陥っている人々を助けたいと思った。
母の故郷である、この美濃の地で。
母が大切にしていた、美濃の民たちの為に。
「さ、どうぞ。足りなければ、またお並び下さい」
額に汗を浮かべながら胡蝶が笑顔で粥をよそうと、民たちは「感謝致します──」と深く頭を下げた。
胡蝶を支えている須賀は、ふと柔和な微笑を広げると
『 …お濃様、ご覧になっておられますか? あなた様がおしになられた財を米に変えてまで、
姫様は民たちの為に心を尽くしておられるのですよ。あなた様が愛された、この美濃の地で 』
ご立派にございましょう?、と心の中で濃姫に語りかけた。
そんな時、胡蝶から粥をよそってもらっていた一人の女性が
「有り難う存じます…。うちには幼い子供もいますので、実に助かっておりまする」
と、誰よりも深く胡蝶に感謝の念を示した。